文学部・文学科 │ 聖徳大学

RE科目「文豪を訪ねてⅡ」報告①

22.12.05

「日本一楽しく学ぶ」をコンセプトに開発された、聖徳大学文学部の体験型授業、
「RE科目」(REとは、Reality Experience:人生におけるとても貴重な本質的体験という意味)のご紹介です。

RE科目(参加型体験授業)「文豪を訪ねてⅡ」は秋の一日、東京都北区の田端に出かけ、芥川龍之介の面影を求めて文学散策を楽しみました。

芥川龍之介といえば、教科書に掲載されることの多い『羅生門』をはじめ、『鼻』『地獄変』『河童』『歯車』など、数々の短編小説で知られる天才的な作家です。研究が進み、彼の文学と人生のさまざまなことが明らかになっていますが、まだまだ謎の残された文豪でもあります。

JR田端駅に集合して、まずは田端文士村記念館へ。おりしも、企画展「朔太郎・犀星・龍之介の友情と詩的精神」が開催中でした。

記念館前で

親友の詩人・作家、室生犀星を頼って田端に引っ越してきた詩人、萩原朔太郎。芥川はそれを喜び、「田端に萩原朔太郎来り、田端大いに詩的なり」の言葉を残しています。この地で3人は互いの作品を批評し合い、活発な議論を交わし、刺激し合いました。

会場には直筆原稿や初版本など、3人の友情を示す貴重な資料が展示されていました。文学者たちの魂の交流に思いをはせながら、3人の肖像とともに写真に収まる学生たちもいました。

3人の肖像画とともに

芥川をめぐる謎の一つは、彼が自ら生涯を閉じた日のことです。7月24日。ちょうど、論争中だった文豪、谷崎潤一郎の誕生日にあたります。

これは一体、どういうことなのか。ただの偶然なのか。それとも、谷崎へのあてつけなのか。文士村記念館の学芸員の方に質問しましたが、わかりませんでした。

でも、謎が深いとさらに知的好奇心が募ります。芥川はその早い晩年に何を考えていたのか。詳細に調べる必要がありそうです。この謎は宿題として学生一人一人が持ち帰ることになりました。

記念館の後は、芥川の居宅跡地へ。芥川は田端の地でどんな暮らしをしていたのか。田端文士村記念館で見たばかりの芥川居宅の模型が思い出されます。空き地となっている土地を前に、35年の生涯を思い浮かべていました。

居宅跡地にて
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