短期大学部・総合文化学科 │ 聖徳大学

(210) 江戸の珍談・奇談(28)-2  20230517

23.05.17

 門番ももらい泣きしながら、「いえね、大黒天の塵を払おうとしたところ、腹の中に何かごとごとと動くので、あれこれやっているうち、下の方が落ちた。見ると印籠蓋の細工だ。尊像は上の蓋に付いており、中から紙包みが出た。開いて見ると金子200両だった。驚いてしばらく茫然としていたが、つくづく思案するに、売主もこの金を知らず、売ったからにはさぞ生活に窮しているのだろうと思って、この金子を持ち主へ返そうと、ここに200両持参した。大黒天は年来の願望だが、金子はそちら様の持ち物だ。お受け取り願いたい」と言う。主人夫婦も聞いて驚き、「さてさて、それはお前様が大黒ご信心の加護によって授かったもの、我々夫婦は果報が尽き果て、僅か100文に売ったのは、よくよく福の神にも見限られた結果だ。そちら様にお授けになった金子だから、何としても受け取る訳にはいかない」と固持する。

 門番は、様々利害を説いて、受け取ってくれなければ投げ捨てて帰る、とまで言うものだから、主人は困ってしまう。「そちら様がそのようにお考えになるお志は、世間に人も多い中で、そちら様のように誠に正直なお方は、二人といないにちがいない。ご心底忝く、感涙に堪えない。仰せに背くわけにはいくまいから、半金を受納いたそう。半金はご持参くださるよう頼み入る」と言うので、門番は声を荒らげ、「半金を受け取るつもりなら、ここまで持って来たりしない。ぜひとも受け取ってくれ」と言い張る。

 そこで、思案した主人は「それならば、拙者もお頼みしたいことがある。この金子200両を残らず受け取って、忝さは申す言葉もないが、どうも気がかりで仕方がない。何か見つけて進上したい。それを代わりにご受納いただきたい」と言うと、「お志の物なら、何なりともお断りしない」と門番が応じる。

 忝いと言ったものの、「大黒天すら100文で売り払ったくらいだから、今まで目に付いた物はすべて売ってしまった。もはや何も残ってはいないかもしれない」と夫婦で捜索にかかる。古皮籠を取り出し、古びた小さい箱を見つけた。「これ以外に何もない。これは親の代から持っていた下卑焼の茶碗で、進上するのにふさわしい物ではないが、せめて拙者の志と思し召してご受納くださったら忝い」と言って差し出す。門番が受け取って眺めると、なるほど茶渋に染みた不格好な大茶碗である。つまらぬ焼き物だとは思ったものの、主人の志の品であるから、押し戴き、「私は茶を好み、渋茶を多く飲むのが朝夕の楽しみだ。忝い」と言って受け取り、「それにしても不思議なご縁だ。以後お互いに入魂でありたい。拙者は、巣鴨細川越中守下屋敷門番を勤めている。あの辺をお通りの節は、必ずお立ち寄りください」と言うと、主人も「仰せのとおり、誠に不思議とは言いながら、そもそもお前様のご心底は、さても驚き入った頼もしい潔白なお方で、ただの人ではあるまい。神か仏であろう。ああ有難い」と夫婦ともに感涙に咽ぶ。門番は「そんなにおっしゃられては痛み入る。さらばお暇しよう」と立てば、夫婦は表の路地口まで見送って暇乞いをして、名残を惜しむ。

 金子を返した門番は、心も晴れ晴れと宿へ帰り、例の茶碗を取り出してよくよく見ると、いかにも無精者が使ったと見えて、茶渋が染み付き薄汚い。塩で磨き洗いなどして、翌朝大黒天に茶を煎じて供える。自分もその茶碗で飲んで側に置いた。そこへ茶坊主何某が当番で門を出るというので、門番に挨拶しながらふいと見たところ、興味を引く茶碗が目についた。立ち帰って「そなたの茶碗は面白そうだ。見せてくれ」と言う。門番が取り出して見せると、ためつすがめつ見て、「これは並みの物ではない。名器に違いない。暫く私に預けてくれ」と言ったので、門番は二つ返事で貸してやった。

 茶坊主は、上屋敷詰所で茶碗を取り出し、同役らに見せたところ、皆が「名器だ。井戸などの上物に違いない」とほめそやす。また「門番がどうしてこんな物を持つのだろう。事情を聞いたか」と言う。坊主は「出がけに見掛けただけだから、訳も問わずに借りて来た」と答える。

 当時、細川侯は格別に茶の湯を好んでいた。直ちにこの茶碗のことを申し上げたところ、好き者のことゆえ、早くご覧になりたいとのことであるから、ご覧に供した。「これは珍しい器だ」と言って目利きの者を召して鑑定させる。「天下一の物とも称してよい名器でござります。さても申し分のない器でござりますなあ」と誉めちぎったので、細川侯も大満足であったという。(以下、次号)    (G)

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