短期大学部・総合文化学科 │ 聖徳大学

(138)『源氏物語』を読もう

15.08.06

『更級日記』の作者・菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)は、少女時代、かねてから続きを読みたいと思っていた『源氏物語』を、「をばなる人」から「源氏の五十余巻、櫃に入りながら」贈られた時の嬉しさは天にも昇る心地だったと日記に記しています。『源氏物語』を手に入れた作者は、一心不乱に読みます。

はしるはしるわづかに見つつ、心も得ず、心もとなく思ふ源氏を、一の巻よりして、人も交じらず、几帳の内にうち伏して、引き出でつつ見る心地、后の位も何にかはせむ。昼は日暮らし、夜は目の覚めたる限り、灯を近くともして、これを見るよりほかのことなければ、おのづからなどは、そらにおぼえ浮かぶを、いみじきことに思ふに、

一日中、『源氏物語』を読むのに没頭し、文章を暗記するまでになり、后の位も読書する喜びに比べたらどうってことないわ、と思う作者に共感を覚えた方も多いのではないでしょうか。

作者は、後に、光源氏ほどの男性なんてこの世にはいないと思い至り、もっと仏道修行に励んでおけばよかったと後悔しますが、それでも物語に耽溺した少女時代は、彼女にとって宝石のようにキラキラと輝く、幸福な時代だったと思われます。

『源氏物語』は、千年以上にわたって読み継がれてきました。応仁の乱や太平洋戦争の時も、戦争のなかった江戸時代も…。

生活評論家の吉沢久子氏(97歳)は、戦時中も密かに『源氏物語』を読んでいたそうです(『読売新聞』2015年8月3日朝刊)。1944年末~1945年頃のことです。

夜、空襲警報があると、明かりが漏れないように家の窓に覆いをした後、私は鉄かぶとを着け、布団をかぶり、懐中電灯の光で源氏物語を読んでいました。庭に簡素な防空壕がありましたが、直撃を受ければひとたまりもない。途中からは逃げ込むのもやめました。

松永茂雄(1913~1938)・龍樹(1916~1944)兄弟は、『源氏物語』や『新古今和歌集』等の古典を愛読し、学徒兵として戦地に赴いた後も、「重機関銃を握り締めながら新古今の歌を語って」(兄・茂雄氏)いたそうです。茂雄・龍樹兄弟はともに大陸で、しかも20代の若さで亡くなりますが、戦場にあって彼らを支え続けたのは古典でした(『戦争・文学・愛―学徒兵兄弟の遺稿』)。

ドナルド・キーン氏(93歳)も、1940年(昭和15年)18歳の時に、ニューヨーク市内の本屋でアーサー・ウェイリー訳の『源氏物語』を49セントで購入しますが、読み始めるとすぐに『源氏物語』に夢中になったと言います。

第二次世界大戦の足音が聞こえていた頃。戦争の怖さから逃れるように、その晩から夢中で読みました。「源氏物語」には日本の美意識が凝縮されています。源氏は女性に手紙を贈るにも紙を選んだり、和歌を引用したり…。このような物語を原文で読める日本人は幸せだと感じ、「源氏物語」の舞台である京都にいつか行きたいと心に決めました。(『毎日新聞』2014年1月22日夕刊)

戦後、キーン氏が研究のために日本と米国を行き来する生活を経て、東日本大震災を機に日本に永住することを決意し、日本国籍を取得されたことは記憶に新しいところです。キーン氏は、「源氏物語に出合わなければ、今の私は存在しなかった」とも仰っています。

『源氏物語』は教訓書ではありませんし、人生これこそが正解ということも書かれていません。でも、戦争の時代、絶望的な状況下で、少年少女を支え続けたものの一つに『源氏物語』がありました。

すぐに役に立つとか、お金儲けになるとか、そんなこととは関係ないけれど――『源氏物語』を読もう…

(し)
PAGE TOP