短期大学部・総合文化学科 │ 聖徳大学

(101) 異界からやってくる鳥

14.02.15

世の中を 憂しとやさしと 思へども 飛び立ちかねつ 鳥にしあらねば

これは山上憶良の歌で、有名な「貧窮問答歌」に添えられた短歌(反歌)(『万葉集』巻5・893)です。「世の中はつらいもの、恥ずかしいものと思うけれども、飛び立つことができない。(人は)鳥ではないのだから」と、鳥のように自由に飛べない人間は、煩悩に満ちたこの世から逃れることができないと詠っています。もしも翼を持っていて、あの時、ここから飛び去れていたら、と思うこともあるでしょう。

古代、鳥は死者の霊魂を運ぶものと考えられていました。珍敷塚古墳(福岡県、6世紀後半)の壁画に描かれた船には舳先に鳥がいます。鳥が先導役となり、船で被葬者の魂をあの世へと連れてゆく図だそうです。『古事記』には「天鳥船」という神(鳥之石楠船神の別名)が登場しますが、鳥や船には死者の霊魂をあの世に運ぶ役割がありました。

時代が前後しますが、水鳥を模した鳥形埴輪(兵庫県朝来市・池田古墳〈5世紀前半〉出土など)も同様に、亡くなった人の魂を死者の世界に運ぶものと言われています。

古くは、後氷期の狩猟採集民が、このような信仰を持っていたようです。デンマークのヴェドベックにある墓では、若い母親のそばに、白鳥の羽根の上に寝かされた新生児が埋葬されていたそうです(アリス・ロバーツ編著『人類の進化大図鑑』河出書房新社、2012年9月、203頁)。きっと赤ちゃんがちゃんと死者の世界に行けるよう、白鳥の羽根を敷いてあげたのでしょう。埋葬者の優しい心遣いと祈りが伝わってきます。

また、佐倉市白銀の高岡新山遺跡から出土した骨壺(8世紀後半)からは、壮年の男性とみられる人骨と一緒に白鳥の翼の骨が見つかったそうです(読売新聞2011年2月22日朝刊)。新聞には、人が白鳥とともに埋葬されたケースは全国でも例がないということ、骨壺に入っていた白鳥の骨が少量であったことから、装飾品であった可能性もあるとあります。この出土例もおそらく、被葬者が無事あの世に行けるように、白鳥の翼を一緒に埋葬したのではないでしょうか。

洋の東西を問わず、古代人が鳥を信仰し、死者を手厚く葬っていたことが窺えます。

さて、この世とあの世を行き来する鳥としては、渡り鳥であるホトトギスや雁がよく知られています。例えば、ホトトギスは夏の鳥として和歌に詠まれますが、昔の人々は、異界(あの世)からやってくる鳥だとも考えました。

なき人の 宿戸に通はば ほととぎす かけて音にのみ 鳴くと告げなむ(『古今集』巻16・855)

死出の山 越えて来つらん ほととぎす 恋しき人の 上語らなん(『拾遺集』巻20・1307)

『拾遺集』の歌は、宇多天皇に愛された歌人伊勢が幼い皇子を亡くした翌年に詠んだもので、皇子の死後の消息をほととぎすに問いかけています。ほととぎすは、山中の他界である「死出の山」を越えてやってくると考えられていました。

鳥のように翼を持ち大空を駆け巡りたい、どこか知らないところへ行きたいという気持ちは、現代人にもあります。そして、もしあの世というものが存在するのなら、鳥よ、亡くなった人々の消息を知らせてほしい、そう思う気持ちも痛いほどわかります。

(し)
PAGE TOP