短期大学部 総合文化学科

(55) 神様も嫉妬するのだから…①

12.10.23

日本神話に登場する「スセリビメ」はオホクニヌシの適后(正妻の意)ですが、「いたく嫉妬(うはなりねた)みしたまひき」――つまり、ひどく嫉妬深い女神だったようです。先にオホクニヌシと結婚していたヤカミヒメは、スセリビメを畏れて、産んだ子を「木の俣」にさし挟んで因幡に逃げ帰った、と『古事記』にはあります。スセリビメはヤカミヒメに嫉妬し、何か行動に出たのでしょうか?その辺のことは、何も書かれていません。

そうです。神様も嫉妬するんです。ですから、人間も当然の如く嫉妬しました。今回は、日本の古典に描かれた嫉妬深い女性のお話を見てみましょう。

仁徳天皇の皇后イハノヒメも非常に嫉妬深い女性です(「甚多く嫉妬したまひき」)。天皇の他の妻たちは宮中に近づくことすらできなかったようです。天皇が他の女性のことを話題にしようものなら、「足もあがかに嫉みたまひき」――足をばたばたさせて嫉妬したとあります。まるで子どもみたいですね。

イハノヒメの恐ろしさを伝えるエピソードを一つご紹介しましょう。吉備国から召されたクロヒメは天皇にことのほか気に入られますが、イハノヒメの嫉妬を恐れて、船で故郷に逃げ帰ろうとします。天皇はとても残念に思い、クロヒメに歌を贈りました。これに激しく嫉妬したイハノヒメは、クロヒメから船を取り上げてしまいます。クロヒメは、仕方なく徒歩で吉備まで帰ったとあります。

イハノヒメにまつわるお話が本当かどうかはわかりませんが、皇后さまも嫉妬するものとして描かれています。

日本の古典では、女性の嫉妬の感情は、同性である女性に向けられることが多いです。そのほとんどが男女関係のもつれで、男性が浮気しても、その女性は、男性に非があるとは思いません。新たに登場した女性が男性をたぶらかしたに違いないと考えるのです。このような嫉妬の感情は、現代まで綿々と受け継がれています。

村上天皇(在位946~967)の時代、弘徽殿の女御・安子が、後から参入した藤壺の女御・芳子に嫉妬し、壁の穴から土器(かわらけ)を投げつけた、というエピソードが『大鏡』(巻三)に載っています。

(安子は)いと安からず、えや鎮め難くおはしましけむ、中隔ての壁に穴をあけて、覗かせたまひけるに、女御(芳子)の御かたち、いとうつくしくめでたくおはしましければ、「むべ、時めくにこそありけれ」と御覧ずるに、いとど心疾ましくならせたまひて、穴より通るばかりの土器を破片して打たせたまへりければ、…

安子は、芳子のことが気になって仕方ありません。お互いの部屋が近かったため、安子は、なんと壁に穴をあけて、芳子の部屋を覗きました。とてもかわいらしく美人である芳子を目の当たりにし、「なるほど、この美しさで寵愛されるのだな」と思うと、ますます腹がたち、壁の穴から土器(素焼きの焼き物)のかけらを投げ入れ、芳子を打擲したのでした。

上流貴族の女性たちも、悪口を言うだけでは気がすまず、安子のように手を出すこともあったようです。当然、天皇は立腹し、安子の兄弟が入れ知恵をしたのだろうと考え、伊尹(これまさ)・兼通(かねみち)・兼家の三兄弟を謹慎処分にしました。もちろん安子は黙っていません。「いとど大きに腹立たせたまひて」、天皇を自分の部屋に呼びつけます。天皇が、安子を「恐ろしくいとほしく」お思いになって部屋を訪ねたところ、安子は待っていましたとばかりに、「兄弟を許してほしい」とまくしたてます。天皇が「許す」と言うまで、お召し物をとらえて部屋から出さないようにしました。そこで、天皇は仕方なく、三兄弟の謹慎を解いたのでした。

安子は、イハノヒメによく似ていますね。モノを投げつけて一瞬は気がすむかもしれませんが、根本的な解決にはならなかったことでしょう。自分よりも天皇に寵愛される女性を見て、多くの女性たちが鬱々とした後宮生活を過ごしたのではないでしょうか。(つづく)

(し)
PAGE TOP