短期大学部・総合文化学科 │ 聖徳大学

(80) 三遊亭圓朝『怪談 牡丹燈籠』(1)

13.07.17

不世出の名噺家、三遊亭圓朝(天保10年-1839-生まれ、明治33年-1900―没)が十八番としていた「牡丹燈籠」は、熟年の公演を速記法によって記録した本文が残されている(明治17年、圓朝46歳)。文庫本で170ページにも及ぶ長大な噺であるが、圓朝はこれを15日間で演じきった。速記者は二人。楽屋から高座での噺を聞いては書き取り、後に照合したらしい。

現在のテープ起こしでもこうはいくまいと思われるほど、当時の口演が実によく再現されている。圓朝の高座に接したこともない後世の我々にもその口舌が髣髴するような文体といってよい。

この作品は、怪談と仇討とが錯綜しており、なかなか複雑を極める。そこで、いささか興を殺(そ)いでしまうものの、公演の順ではなく、怪談、母子再会、仇討の三つに分けてその内容を摘記することにしよう。まずは怪談から。

旗本の息飯島平太郎は、家督を継いで平左衛門と改名し、三宅という旗本の家から妻を迎えた。だが、その妻は、一女お露を大切に撫育しつつも、十六歳の時に亡くなってしまう。その後、妻の付き人であった女中お国が側室に入ったが、性悪のお国は、お露を悪しざまに飯島へ言い告げ口をするため、柳島辺に寮を求めて、お露と女中のお米(よね)とを別居させることにした。

そこへ、飯島邸に出入りする、腕はからきしで単なる調子者でしかない医者山本志丈が、旗本浪人萩原新三郎を連れて訪れる。梅見に事寄せて、お露の姿を新三郎に見せようという魂胆であった。ところが、美男の新三郎を垣間見るなり、お露の心は穏やかでない。便所を借りた新三郎の手を手拭の上から握っただけであったが、帰り際には、再び来てくれなければ死んでしまうとまで囁く。新三郎もその声を片時も忘れることはなかった。

しかし、真面目一方の新三郎は、一人で柳島を再訪することができない。三か月過ぎても山本は訪れてこないため、店(たな)の孫貸しをしている伴蔵と好きでもない釣りを口実に、柳島まで出かけることにした。

新三郎は、持参した酒に酔い、船中で寝込んでしまう。飯島の別荘近くに船を着けると、眼を覚ました新三郎は、勇を鼓してお露を訪ねる。恋い焦がれる新三郎に会えた嬉しさに、お露は蚊帳の中に彼を引き込む。枕を交した後、秋野に虫の象眼入りの硯箱の蓋を形見だと言って新三郎に渡す。と、突然そこへ飯島平左衛門が現れ、不義を働いた廉(かど)で、まずお露を手打ちにし、新三郎に切りかかったところで、はっと目が覚める。夢見が悪いからと帰ろうとすると、船中には秋野に虫の模様を施した蓋が落ちていた。

お露のことばかり思い詰めている新三郎の許へ山本が訪れ、お露が死んだことを知らせる。新三郎への焦がれ死にだという。お露の俗名を書いて仏壇に供え、念仏を唱えているうちに盆の十三日に至る。新三郎が精霊棚の支度を仕舞い、月を眺めているところへ、駒下駄の音を鳴らしながら、年増女と十七八の娘が通りかかる。先に立った年増女の手には縮緬細工の牡丹芍薬などの花のついた燈籠が下がっている。月影に透かして見ると、お露のようだ。向こうも萩原に気づき、互いに奇遇を喜ぶ。

新三郎が死んだとお国が山本に言わせ、お露に諦めさせようとした。そして婿を取るように飯島が勧めたが、どうしても他へ縁付くのは嫌だとお露が強情を張ったため、大いに揉めて、柳島の別荘から放逐され、その日暮らしをしているという経緯をかき口説く。新三郎は、その晩お露を泊めてしまうと、毎晩訪れることが七日間重なった。

毎夜女の話声が聞えるので、怪しく思った伴蔵が様子を見に行く。すると、床の上に比翼茣蓙を敷いて新三郎と女が喋喋喃喃と睦まじく話を交わしている。その女をよく見て驚いた。骨と皮ばかりで裾より下が見えない。

翌朝、伴蔵は、同じ店に住む人相見白翁堂勇齋を連れて新三郎を訪れる。その顔を一目見た白翁堂は、二十日以内に死ぬ相が出ていると言い、事情を問う。初め否定していた新三郎も気味が悪くなり、お露の住むという三崎へ調べに行く。尋ねあぐねて新番隨院(しんばんずいいん)を通りかかると、新墓がある。そこに立つ角塔婆(かくとうば)に牡丹の燈籠が雨ざらしになっていた。
取って返した新三郎が白翁堂にこの趣を話すと、新番隨院の良石和尚を尋ね、善後策を講じてもらうよう言いつけ、新三郎を向かわせる。

良石和尚は高徳の行者であるから、すべてお見透しである。お札とお経を与え、そして金無垢の海音如来像を貸してやり、肌身離さず身に付けておくようにと指示する。

その夜も約束の時刻にお露とお米の両人が訪れるが、四方八方にお札が貼ってあって入れない。

伴蔵は怠け者で仕事をしない。女房おみねが内職をして生計を立てていた。その夜も女房が夜なべをしていると、蚊帳の中からひそひそと話し声が聞える。亭主の相手が女のようだから悋気を起こし、問い詰めると、萩原の所に来ている幽霊が、裏の小窓に貼ってあるお札をはがしてもらいたいと頼むのだという。店賃をただで住まわせてもらっている萩原には世話になっているため、二晩は躊躇しつつ引き延ばしたが、女房の差し金で百両を代にはがしてやろうということになった。礼金の才覚を承知した幽霊だが、守り本尊をどうにかせねばならない。伴蔵にその工夫を頼み、新三郎に会えぬ辛さに泣きながらお露は出て行った。

(G)
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