短期大学部 総合文化学科

江戸の珍談・奇談(26)-9 20210909

21.09.09

狐に対して禁制の文を発したという珍妙な事例がある。『一話一言』に引く「妖狐禁文」を紹介しよう。年代は不明だが、安房の国(現在の千葉県南部)長狭(ながさ)郡・朝夷(あさい)郡の十一か村に住む狐らを相手にしたもので、先手(将軍の警護役)を務めた松平左金吾・定虎の署名がある。

土着の民百姓らが誤解して狐を稲荷の神だと思っている。それが基になって、野狐が稲荷の神号を盗み取り、ひどい場合にはそれをかさに着て人を罰するに至る。だから、(人々の意識として)天罰を免れることができない。例えば、幼児が狐の穴の付近を(小便などで)汚したり、また脅かしたりなどする時には、直ちに報復されるとかいうのだ。

そもそも、人間は万物の霊長で、狐は人間のためには狩猟の獲物である。十一か村の人民は小児たりとも、狐には替えられない。私の領有する地に生れた狐はすなわち私の狐だ。人に害を及ぼすからには、たとい住民の祭る稲荷という神号があるといっても、私的ないかがわしい祠でしかない。そんなものをどうして許すことができようか。速やかに破壊させ、十一か村の狐の穴を掘らせ、すべて打ち殺し、私の十一か村から狐の種を絶やすつもりだ。誤って眷属が人を害そうとしても、その頭(かしら)である狐がこれを抑制し、人の難儀がないように禁制を加えるがよい。これが私の考えである。以上のことを十分承知せよ。〈巻36、166~167ページ〉

この長狭・朝夷両郡にある十一か村は、上記旗本の知行地だったらしい。知行地とは、幕府や藩が家臣に俸禄として与えた領地を指す。俸禄は米で支払われるのが原則だが、知行地の支給により、領地からの収穫によってその分を代替するのである。

旗本は知行地に住むわけではないから、現地からの報告を受けて上のような触書を出したものと思われる。この村で何があったか知らない。ただ、単なる迷信嫌いというだけで村から狐を一掃しようとするはずはなさそうだ。よほど俗信による弊害があったのであろうとも想像されるが、しかし、よく読むと、結局のところ、いかがわしい祠(原文は「淫祠」)を破壊しつくそうという意図だと分かる。狐さえ一掃してしまえば、俗信はなくなると考えたのだろう。臭いにおいは元から絶たなきゃダメということか。

これでは、狐にとってみれば、踏んだり蹴ったりである。本来、稲荷神は五穀豊穣を司る神であり、インドの女神ダーキニー(荼枳尼(だきに)天)と習合し、その本体が狐の霊だとされたところから、狐が稲荷神と結び付いたという。勿論、結び付けたのは人間の勝手である。稲荷神である狐をないがしろにすると人に罰が下る、だから人に害をなす悪い狐を祀ってある祠を破壊し、狐も退治せねばならないというのだから、ひどい話だ。

この無茶苦茶な触書が本当に実行に移されたのかどうか怪しい。恐らく真顔でこんな文書を作成したとは誰も考えていなかったろう。因襲に囚われた頑迷固陋な領民を直接叱るのではなく、狐を相手とした搦め手からの戦法に興味を覚えたのか、公文書にこんな冗談が紛れ込んでいたのを発見した南畝は、もっと他にやることがあるだろうと苦笑しながら拾い上げたのかもしれない。 (G)

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