短期大学部・総合文化学科 │ 聖徳大学

(175) 江戸の珍談・奇談(25)-4

17.08.27

『反古のうらがき』の著者鈴木桃野にある友人がいた。滑稽を好み、役者の物真似が巧い。絵を雲峯老人に師事し、戯れ絵を得意としていた。以下は、その友人の体験談である。

ある年、上野(こうずけ)の国に遊歴しようと出立したが、その辺りには長脇差という賊が出て旅人が難儀すると聞き、一人旅の心細さに一計を案じた。常々真似ている悪者の風体をすれば、賊も仲間だと思うだろうと、月代をぼうぼうに茂らせ、衣服もいかにも悪役然とした恰好に仕立てる。朱塗りの長い脇差を帯び、菅笠に顔を隠すと、絵の具を入れた箱と柳行李を振り分け荷物として出かけた。我ながらよくしたものだと、独りほくそ笑んで進むと、名にし負う熊谷の土手に至る。昼でも悪者が人を殺害するという噂のある所であるから、いよいよ心細く思いつつ歩いて行った。

すると後ろから声をかける者がある。「一人旅のお方とお見受けしますが、私も一人で心細いから、連れになってくださるとありがたい。お荷物も私が代わって持ちましょう。お侍のお供となっていたなら、どんな悪者に遭っても恐れることはない」と熱心に頼む。身なりも町人に疑いないから、「お安い御用。それなら荷物を運ぶ駄賃を決めて、それから持ってもらうことにしよう」と言うと、「それには及ばないが、少しばかりいただいて、あなたのお気持ちが済むようにしましょう」と答える。

そこで、代金を決めて両肩にかけた荷物を渡した。町人風の男は自分の後に従い、世間話などをしながら付いて来る。やっと気持ちも落ち着いて、よい連れを得たと思って、その男を伴って行った。ところが、一里程進んだ頃、どこへ消えたのか姿が見えない。後れたのではないかと立ち止まっても、まったく追って来ない。さてはあいつも悪者だったと悔いたが致し方ない。着換えの小袖、その他要用の品も、行李の中に置いたままだ。道を急いで、とある葭簀囲いの茶を売る翁の所を通り過ぎる時、ふと見れば先の男が、自分の小袖を着て、その他の荷物は傍らに置いて坐っている。

怒りに身を震わせながら、盗人だと叫ぶ声とともに、駆け込んで捕らえた。その人も驚いて、「お許しください」と言うや否や逃げようとするのを、固く押えて動かさない。「よくも騙してくれたな」と罵って、まず小袖を剥ぎ取り、荷物を開いて見ると、その男の衣服が入っている。「これはお前が着ろ」と言って投げ与える。それ以外に失われた物もない。

さてどうしてくれようと思案しているうちに、「盗人、盗人」と呼ばわった時に、往来の人が聞き付けたらしい、段々と人が多く集まり、村の主なども聞き付けて駆けて来て、囲みの外であれこれと詮議している。「あの長脇差はきっと上州の悪者だろう。早く打ち倒して旅人を救え」などと聞こえる。自分を盗人と思っているらしい。これは大間違いだと思うけれども、衆人が皆そう思っているから、急に弁解する方法もなく、どうしようと思っているうちに、本物の盗人も囲みの外へ出たら打ち殺されるかもしれないことを恐れて、屈みこんだまま逃げもしない。茶を売る翁は耳が聞こえないのか、初めから疑わしい顔をするばかりで、言葉も出さない。まったく進退窮まってしまった。

自分も人に怪しまれているので、表へ出た途端にどんな禍に遭うか知れない。今さらながら、風体の怪しげなことや月代を伸ばしたこと、また衣服を悪者に作ったことを悔やんだ。一方、あの盗人は、小男でしかも衣服や物腰が殊勝らしく見える。初めから盗人と思う者はない。自分を賊だと思い誤るのも当然だ。

こうしてはいられないからと、盗人に言う。「俺は物を取り返したから許すつもりだが、表の人々は見誤って、俺を盗人と思っているようだ。お前衆人に向かって、自分こそが盗人だ、あの方はお侍の旅人だから、粗忽をしないようにと説明して、どこへなりと行くがいい」と言ったところ、これは有り難いとばかり表へ出て、「おい、皆の衆よ、あそこにいらっしゃるのは旅のお侍だぞ。粗忽な真似をするな。」と言って、人の間を押し分けて出たところが、「盗人はこの俺だ」と言うと同時に、脱兎のごとく逃げ出した。さてはそうだったかと人々も散り散りに帰って行ったので、そこを出て上州へ赴いたという。

「狂人のまねとて大路を走らば、すなはち狂人なり」という『徒然草』(第85段)の警句を引くまでもない。李下の冠どころか、籠まで抱えて行ったのだから、賊に間違われるのも当然だろう。それはそうと、町人風体の男は、長脇差と称される盗賊ではない。凶悪な賊の噂を隠れ蓑にしながら、低姿勢に同行を頼んで油断させ、金品を掠め取るというケチなコソ泥である。小腰を屈めて弁舌巧みに近寄って来る者には大抵下心があるから、用心しなければならないのは今も昔も変わらない。

(G)
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