短期大学部・総合文化学科 │ 聖徳大学

(169) 江戸の珍談・奇談(23)-6

17.05.20

寛政の頃、鵲庵歩牛(かささぎあんほぎゅう)という俳人がいた。常に謡曲を好み、暇のある時はいつでも口ずさんでいた。ある時、巣鴨鶏声ヶ窪にやって来たが、たいそう夜が更け、寒さが身に染みる。懐手をしつつ、いつものように謡を熱心に唸りながら悠々と歩を進めていたところへ、突然追い落としという盗賊が二・三人、背後からむずと組み付いた。ところが、鵲庵は謡に余念がなく盗賊に気が付かず、繰り返し歌っている。盗賊どもは肝を潰し、これは人間ではない、天狗ででもあろうと驚き恐れ、一目散に逃げ出した。ここで鵲庵もようやく事態に気付き、こちらもまた同じく一目散に逃げ出したという。〈『宮川舎漫筆』336ページ〉

盗賊からの難儀を逃れたのは鵲庵の無心の徳ゆえだ、と政運は言い、この話に続いて、やや趣は違うが、やはり無心のなせる業を紹介している。

弟の原氏が、以前根岸に庵を構えていた頃、夏のことであり、門涼(かどすず)みに四・五人が寄り合っていた。そこへ、突然往来の者が現われて切り掛かる。ハッと驚き、やれ切られたと弟が言うので、その者を捕えようと追いかけると、男は抜き身を引き下げたまま静々と小唄を歌いながら、少しも動揺した様子もなく悠々と歩いている。なかなか近寄ることもできない。ただ男の後に付き従うばかりである。と、男がどうと倒れた。駆け寄って見ると、男は抜き身を投げ捨て、高鼾をかいて眠ってしまっている。これは、ただの他愛のない酔っ払いだ。切り付けられた所は、生酔いであるから、手に力が入らず、抜き身とはいえ、刀のみねの方だったのか、少しも切れていない。これは神のご加護というものだ。男は生酔いだから、恐怖心がなく物に動じない。我々は生酔いだとは知らず、悠々たる気質に気圧され、捕えることは勿論、近寄ることもできなかった。これはあの男の酔狂によって無心がもたらした所に違いない。〈同336~337ページ〉

相手の持つ雰囲気に呑まれて圧倒され、言葉を交わすこともならずたじたじとなってしまうことがままあるようだ。空手の名人大山増達の武勇伝を描いた漫画『空手バカ一代』にそんな一場面がある。修業を重ねて向かう所敵なしという境地に至った大山が、ある時往来で二人のヤクザ者に出くわす。二人は大山の鋭い眼光に恐れをなし、その場で尻餅をついてしまうのである。「にらみ倒し事件」と呼ばれ、その筋には喧伝されたという。ははあ、どうせこれは原作者梶原一騎の創作だろうと思っていたところ、そうでもなかった。

大山門下の一人である真樹日佐夫によれば、昭和30年代の池袋で、門下生三人が腕試しと称してヤクザ者らを殴り倒したことがあった。被害者からの訴えにより、門下生らは地元暴力団の組長から呼び出される。勇を鼓して三人が組事務所へ行くと、組長が一人ぽつんと坐っている。「途中で大山に会わなかったか。いきなり現われて、弟子の不行跡は目溢(めこぼ)し願いたいと土下座していきよった。今回の件は水に流すんで、どうか引き取ってくれ。わしもまだ命は惜しいんでな」と震えながら葉巻に火を付けている。ひと息つくと、「びびったところを若い者に見られとうないんで、全員追い出したが……」とつぶやき、「大山のあの鬼の目に射竦(いすく)められて怖かったのなんのって!」と背筋に氷を負ったたような表情で言い捨てた〈『蘇る伝説「大山道場」読本』―2000年1月発行、日本スポーツ出版社―〉。

老いていたとはいえ、その筋の組長である。それを震え上がらせたというのだから、にらみ倒しも本当だったのだろう。

(G)
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