短期大学部・総合文化学科 │ 聖徳大学

(154) 蓬莱の仙女とかぐや姫

16.05.18

『竹取物語』で、求婚者の一人・車持の皇子は、かぐや姫から「蓬莱の玉の枝」を取ってくるように求められます。蓬莱とは古代中国人が考えた異界で、遙か東方の海上にあるという仙山です。車持の皇子は、偽物の玉の枝を鍛冶工匠らにつくらせ、蓬莱に行ったふりをし、かぐや姫や翁に対しては、大変な思いをして蓬莱に行ってきたという作り話をします。

さて、その皇子の作り話では、蓬莱の山の中から「天人の装ひしたる女」が出てきて、白銀の鋺を持ち水を汲み歩いていたそうです。天女は、自分の名が「はうかんるり」だと告げ、再び山の中にすっと入ってゆきます。蓬莱には天女がいたという設定ですが、『列子』湯問篇には、蓬莱に「仙聖之種」がいたとあるだけで、男女の区別はありません。

渤海之東…其中有五山焉、一曰岱輿、二曰員嶠、三曰方壺、四曰瀛洲、五曰蓬萊。其山高下周旋三萬里、其頂平處九千里。山之中閒相去七萬里、以為鄰居焉。其上臺觀皆金玉、其上禽獸皆純縞。珠玕之樹皆叢生、華實皆有滋味、食之皆不老不死。所居之人皆仙聖之種、一日一夕飛相往來者、不可數焉。…

「蓬莱には天女がいる」というのは、車持の皇子の妄想や願望でしょうか。この蓬莱ですが、実は、上代・中古の浦島伝説で、浦島子が訪れた海の異界の名称にもなっています。浦島子の釣った亀が忽ち神女となり、一緒に行った先が、古くは「蓬莱山」(『日本書紀』『続浦嶋子伝記』等)・「蓬山〈古訓は「とこよのくに」〉」(『丹後国風土記』逸文)・「蓬莱」(『本朝神仙伝』)と表記されています。浦島子が蓬莱宮にすむ神女と結婚し、歓楽の限りを尽くす場面を見てみましょう。

『丹後国風土記』では「肩を双べ袖を接はせ、夫婦之理を成しき」、『続浦島子伝記』では、浦島子が「神女と共に玉房に入」ると、神女と「此の素質を以て、共に鴛衾に入り、玉体を撫でて、繊腰を勒り、燕婉を述べ、綢繆を尽くせり。魚目を比ぶるの興、鴛心を同じうするの遊、舒巻の形、偃伏の勢、普く二儀の理に会ひ、倶に五行の教に合へり」とあり、これは男女交合における秘技を述べたものだそうです(敢えて現代語訳は載せません)。ずいぶん生々しくエロチックな描写ですね。

浦島伝説でも、「蓬莱には神女がいる」という設定です。白楽天の「長恨歌」でも、「太真」という仙女に転生した楊貴妃が蓬莱宮にいると詠われています。蓬莱と言えば美しい仙女のいる異界というイメージが古代日本人には定着していたのでしょう。しかも、浦島伝説に登場する蓬莱の神女は、いともたやすく浦島子と夫婦の交わりをします。

蓬莱の神女とは真逆のキャラクターを創りだしたのが『竹取物語』の作者と言えましょう。かぐや姫は、決して人間とは結婚しませんでした。そんなかぐや姫の故郷を、海の異界である蓬莱に設定することは、作者にはできなかったのでしょう。人間とは交わらないかぐや姫の故郷は、人間が絶対に行けそうにない、天上界に存する清らかな「月」でなくてはならなかったのです。

(し)
PAGE TOP