短期大学部・総合文化学科 │ 聖徳大学

(88) 三遊亭圓朝『怪談 牡丹燈籠』(5)

13.10.05

幽霊となって萩原新三郎を取り殺したお露の父、飯島平左衛門は、若侍の頃平太郎と称し、寛保3年4月11日、湯島天神で聖徳太子の祭礼が行われた折、本郷三丁目にある刀屋藤村屋新兵衛の店で刀剣を物色していた。

そこへ、酔漢が現れ、平太郎の中間(ちゅうげん)が通行の妨げをしたと難を言いかけてくる。家来の無調法とひたすら詫びるが、酔漢は一向肯んぜない。この男、名を黒川孝蔵という浪人で、はなはだ身持ちが悪く、酒色に耽る、抜刀して市中を威嚇する、乱暴を働く、食い倒しや飲み倒しは当たり前という札付きの悪侍であった。

酒手をせしめようというのか、いよいよ挑発した挙句、平太郎の顔へ痰を吐きかけたものだから、もう我慢がならない。平太郎は一刀のもとに黒川を切り倒すと、自身番へ届け出た。無論、無礼討ちということでお咎めはない。

父平左衛門の亡き後、名跡を継いで、自身平左衛門を名乗ったのである。

この飯島の所には、草履取として使われていた孝助という、21・2の男振りのよい新参の下男があった。孝助は、武家奉公をする傍ら剣術修業のために、真影流の達人である飯島へ参った由を告げる。自分が四つの時、母は自分を置き去りにして越後へ去った、父親の不身持が原因で、その父も、四つの時に本郷三丁目藤村屋新兵衛という刀屋の店先で斬殺された、父の名は黒川孝蔵という、などと聞いて、飯島はギクリとする。その仇討のために自分に剣術を習いたいと願う孝助の孝心に感じ、折を見て自ら仇敵であることを名乗り、討たれてやろうと心がけた。

飯島の亡妻に付いて来たお国は、妻妾という立場でありながら家政を握っている。心得違いの女で、主人の目を盗み、隣家の旗本の次男源次郎を引き込んでは楽しんでいた。

ある夜、お国は飯島の謀殺を源次郎に持ちかける。飯島亡き後、源次郎を養子として入れようという算段である。釣りにかこつけて船から突き落すという計画を縷々説いているうちに、忠義者の孝助がそれを立ち聞きしてしまう。孝助が二人の密通を咎めようとすると、源次郎は、釣り道具の修繕に立ち寄るようにという飯島からの依頼状を証拠に、折れた弓で孝助をしたたかに打つ。口惜しさのあまり、孝助は、源次郎とお国の両人を槍で突き殺し、自分は腹を切って果てようと覚悟を決めた。

飯島と近しい微禄の家臣相川新五兵衛には、おとくという18歳になる一人娘があった。長く病気で臥せっていたが、その原因が知れたと言って、飯島を訪れる。実は忠義者の孝助を見初めた恋煩いだったというのである。主君に忠義な者は親にも孝行であろう、たとえ草履取であっても、志の正しい人を養子として迎え、夫婦もろとも親孝行をしたい、という娘の殊勝さに、相川は飯島から孝助を申し受けたいと願う。一応本人の意向を確かめてからという飯島に対して、殿様のご承諾があれば結構、結納は明日にと、相川はせっかちに取り決めてしまった。

ちょっとここで一休み。ここに登場した相川新五兵衛は、そそっかしいが憎めない好人物である。次に紹介する一節から、その為人が十分に見て取れよう。相川が娘の病気の原因を説明しようとする場面であるが、いかにも落語的なやりとりである。

相「さて殿様、今日態々(わざわざ)出ましたは折入って殿様にお願ひ申したいは娘の病気の事に就て出ましたが、御存じの通り彼(あ)れの病気も永い事で、私も種々(いろいろ)と心配いたしましたけれども、病(やまい)の様子が判然(はつきり)と解りませんでしたが、やうやうナ昨晩当人が、私の病は実は是々(これこれ)の訳だと申しましたから、なぜ早く云はん、けしからん奴だ、不孝ものであると小言は申しましたが、彼は七歳の時母に別れ今年十八まで男の手に丹精して育てましたにより、あの通りの初心(うぶ)な奴で何もかも知らん奴だから、そこが親馬鹿の譬(たとへ)の通りですが、殿様訳をお話し申してもお笑ひ下さるな、お蔑(さげすみ)下さるな。飯「どういう御病気で。相「手前一人の娘でございますから、早くナ婿でも貰ひ、楽隠居がしたいと思ひ、日頃信心気のない私なれども、娘の病気を治さうと思ひ、夏とは云ひながら此の老人が水をあびて神仏へ祈るくらゐな訳で、ところが昨夜娘のいふには、私の病気は実は是々といひましたが、其事は乳母(おんば)にも云はれないくらゐな訳ですが、其処が親馬鹿の譬の通り、お蔑み下さるな。飯「どういふ御病気ですな。相「私もだんだんと心配をいたしてどうか治してやりたいと心得、いろいろ医者にも掛けましたが、知れない訳で、是(これ)ばかりは神にも仏にも仕ようがないので、なぜ早く云はんと申しました。飯「どういふ訳で。相「誠に申しにくい訳でお笑ひ成さるな。飯「何だかさつぱりと訳が解りませんね。……〈岩波文庫、43ページ〉

飯島ならずとも、さっぱり訳は分からない。

(G)
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