短期大学部・総合文化学科 │ 聖徳大学

(85) 『うつほ物語』音楽の奇跡①

13.09.10

『うつほ物語』は、「音楽」が主題と密接に関わります。物語の最大の特徴は、俊蔭が波斯国西方から持ち帰った七絃琴が奇跡を起こすところにあります。もちろん奇跡を起こせるのは、俊蔭・俊蔭娘・仲忠・いぬ宮で、俊蔭とその直系の子孫に限られます。

さて、どの時代にも音楽があり、音楽の力はとてつもなく大きいというのは、誰しもが認めるところです。本学の音楽学部音楽総合学科に「音楽療法コース」があることからも分かるように、医療や福祉の場でも音楽の力が活用されています。『うつほ物語』では、物語のいたるところに、音楽の効用が余すところなく描写されています。

まずは、音楽には人々を感動させる力があります。俊蔭一族の奏でる七絃琴を聞いた人々は皆、感動し涙を流しています。

〈仲忠、せた風の琴を弾く〉御前より賜はせたるせた風の琴を、胡笳の声に調べて弾くに、おもしろくめでたきこと、さらにたぐひなし。聞きたまふ人々、涙こぼれてあはれがり愛でたまふ。(俊蔭巻)[新編日本古典文学全集①109頁]

次に、音楽は動物や草木も感応させます。経済的困窮に陥り、北山の杉の木のうつほ住みとなった俊蔭娘と仲忠でしたが、七絃琴を弾くとその音色に感動して、猿などが食べ物を届けてくれました。

〈俊蔭娘ほそを風、仲忠りうかく風の琴を弾く〉たまたま聞きつくる獣、ただこのあたりに集まりて、あはれびの心をなして、草木もなびく中に、尾一つ越えて、いかめしき牝猿、子ども多く引き連れて聞く。…このものの音にめでて、ときどきの木の実を、子どももわれも引き連れて来。(俊蔭巻)[新編日本古典文学全集①81頁]

さらには、音楽を聞くととても気持ちが和み、寿命が延びるような気がすることから、音楽は「生きる力」を与えてくれます。物語では、特に俊蔭娘の弾く七絃琴は人々を至福の境地へと導いてくれました。

〈俊蔭娘、ほそを風の琴を弾く〉廂に居たまへる人々、狭くて、人気に暑かはしく覚えたまへる、たちまちに涼しく、心地頼もしく、命延び、世の中にめでたからむ栄えを集めて見聞かむやうなり。[新編日本古典文学全集③595頁]

〈俊蔭娘、はし風の琴を弾く〉この音を聞くに、愚かなる者は、たちまちに心聡く明らかになり、怒り腹立ちたらむ者は、心やはらかに静まり、荒く激しからむ風も静かになり、病に沈み、いたく苦しからむ者も、たちまちに病怠り、動きがたからむ者も、これを聞きて驚かざらむやは、と覚ゆ。(楼の上・下巻)[新編日本古典文学全集③603頁]

そして、『うつほ物語』の音楽の奇跡で最も注目されるのが、音楽が天変地異をも生じさせることです。

〈俊蔭、せた風の琴を弾く〉俊蔭、せた風をたまはりて、いささかかき鳴らして、大曲一つを弾くに、大殿の上の瓦、砕けて花のごとく散る。いま一つ仕うまつるに、六月中の十日のほどに、雪、衾のごとく凝りて降る。(俊蔭巻)[新編日本古典文学全集①42頁]

〈俊蔭娘、東国の武士たちが襲って来た時に、なん風の琴を弾く〉一声かき鳴らすに、大きなる山の木こぞりて倒れ、山逆さまに崩る。立ち囲めりし武士、崩るる山に埋もれて、多くの人死ぬれば、山さながらに静まりぬ。(俊蔭巻)[新編日本古典文学全集①84頁]

〈仲忠・なん風の琴、涼・すさの琴を弾く〉雲の上より響き、地の下よりとよみ、風雲動きて、月星騒ぐ。礫のやうなる氷降り、雷鳴り閃く。雪衾のごと凝りて、降るすなはち消えぬ。(吹上・下巻)[新編日本古典文学全集①533頁]

この吹上・下巻の場面では、何と天人まで降下します。

仲忠、七人の人の調べたる大曲、残さず弾く。涼、弥行が大曲の音の出づる限り仕うまつる。時に天人、下りて舞ふ。仲忠、琴に合はせて弾く。  朝ぼらけ ほのかに見れば 飽かぬかな 中なる乙女 しばしとめなむ  帰りて、今一かへり舞ひて上りぬ。

七絃琴の奇跡によって、俊蔭一族は平安貴族社会の中で栄達していくのです。そのあたりのことは改めてご紹介したいと思います。

田村和紀夫さんは『音楽とは何か ミューズの扉を開く七つの鍵』(講談社選書メチエ)で、「音楽は魔法である」と仰っています。確かにそうですね。音は瞬時に消え去るものですが、過去にヒットした歌謡曲を聴くと、そのメロディーとともに当時の出来事までもが鮮やかに蘇ります。コンサートに行けば、ミュージシャンとの一体感が味わえたり、恍惚感に浸ったり、エクスタシー状態となって失神する人もいるでしょう。その一方で、親が唄っていた子守唄を口ずさむと、不思議と気持ちが和らぐこともあります。音は過去と現在と未来を、自分と他者と目に見えない何ものをかまで自在に結びつけてくれます。

音楽って本当に不思議です。『うつほ物語』の魅力は、この音楽にあると言っても過言ではありません。

(し)
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