短期大学部・総合文化学科 │ 聖徳大学

(49) 『うつほ物語』夏の食べ物

12.08.22

まだ厳しい暑さが続いています。冷蔵庫のない平安時代、貴族たちはどのようなものを食べていたのでしょうか。

藤原兼雅(仲忠の父)は、自分の娘や妻に、鮎がかり(=鮎を何匹も重ねて糸でかがって乾かしたもの)や苞苴(=荒巻)を贈っています。兼雅は桂川のそばに別邸を持っていて、そこから贈っているので、この鮎は桂川で獲れたものでしょう。仲忠もあて宮(=東宮妃)とその子に、鮎、鮠(はや)、石斑魚(いしぶし、現在の鰍)、小鮒(こぶな)、荒巻を贈っています。あて宮の父、正頼は、料理人を呼んでこれらを目の前で調理させました。

おとど(=正頼)、御前に人召して、調ぜさせたまひて、興じて参る。藤壺(=あて宮)には、鮎ならぬ魚煎りて参りたまふ。(国譲中巻)[新編日本古典文学全集③209頁]

川で獲れた魚を親しい人に贈る。一方、贈られた方は、目の前で料理人に調理させ、水気がなくなるまで煮つめたり、焼いたりしたものをすぐにいただくなんて贅沢ですね。デパートなどのお中元品をいただくことが一般化した現代から見ると、かえって新鮮で豊かな食風景ではないかと思われます。

もう一つ、夏には欠かせない氷をご紹介しましょう。女一の宮(仲忠の妻)は懐妊中であり、しかも暑いので、「物も聞こしめさず。削り氷をなむ召す」(国譲中巻)[新編日本古典文学全集③204頁]とあります。「削り氷」とは氷を削ったもので、当時、貴重品でした。上流貴族は、氷室(ひむろ、氷を夏まで貯蔵しておくための室)の氷を暑さよけとして使用しました。平安貴族もかき氷のようなものを食べていたんですね。『うつほ物語』では、氷を小さく割って蓮(はす)の葉に包んで容器に据えています。見た目も涼しそうです。『枕草子』には「あてなるもの…削り氷にあまづら(=甘味料の一種)入れて新しき金鋺(かなまり)に入れたる」とあり、氷にシロップをかけたものはまさしくかき氷でしょう。

クーラーや扇風機のない時代にあって、猛暑の中、冷たい氷を口にした瞬間の喜びは、現代より大きかったのではないでしょうか。冷凍庫にアイスクリームが何個も入っている現代を幸せと思うこともできますが、平安時代に滅多に手に入らない氷を食べられた時の方が、「生き返るよう」「生かされている」と心の底から思え、幸福度が高いと言えましょう。

(し)
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