短期大学部・総合文化学科 │ 聖徳大学

(48) 近世畸人伝(4)―風狂の士―

12.08.12

伴蒿蹊は、「畸人」を二つに分類した。その一つは、すでに紹介した池大雅のような、『荘子』にいう「畸人」である。すなわち、人としては畸であるが、人間としての在り方は天然自然に合致している者を指す。今一つは、世人に比してその行動が奇である人で、中江藤樹(なかえとうじゅ)や貝原益軒(かいばらえきけん)といった仁義忠孝を説き実践した者を代表格とする。これは一道を尽したという点を認めて畸人の範疇に入れたようだ。

収載された人物は多彩で、武士、商人、農民、僧侶などはもとより、下僕、奴婢、遊女、乞食にまで及ぶ。中には家産を破って風狂放蕩した者もある。それだけならただの道楽者だが、そこに趣味が感じられ、取るべき所があれば組み入れた、と伴は題言に記している。
その風狂の士から一・二紹介しよう。

岸玄知(きしげんち)は、出雲国の諸侯に茶道を教える和歌に長じた風流人である。一日(いちじつ)、銀一分を包んで、大坂まで近松門左衛門宅を訪(おとな)い、刺を通じて面会を求めた。門左衛門が出迎えたところ、例の一封を贈り、穴の開くほど面貌を見詰めて、もう帰ろうと言う。門左衛門が、何か用があって来たのではないかと不審がると、岸は、浄瑠璃の作者として児女も知らぬ者とてない門左衛門の顔を一遍拝みたいと思ったので、正しく対面できたのだから、他に用はないと言って去った。
また、ある時、連歌の会に大禄の人を招いたが、その人が厠へ行こうとした。案内しようと、岸が鍬を持って庭へ出る。穴を掘りながら、自分が普段使っている所は汚いから、大人を案内するわけにはいかない、これは新しいから清潔だと言って勧めたという。〈『続近世畸人伝』巻之五、449ページ〉

これだけでも、確かに一風変わっている。だが、岸の本領はこの程度ではない。

ある日、郊外へ出て徘徊していると、見事な梅花を発見した。嘆賞に堪えかね、持主の農夫にその梅の木を買いたいと持ちかける。農夫が承知しないのを無理に高値で売約した。赤貧の中から家財道具を売って調えた代金を農夫に渡すと、酒を携えて花の下で賞詠しながら日暮れまで過ごす。しかし、何日経っても木を移す様子がない。農夫が理由を問うと、「我が矮屋に大木を植える余地はない。梅の木はそのままお前の所に置け。」と言う。それなら実が熟したら持って行きますと農夫が言えば、「自分は花を愛でたいのだ。実がほしいのではない。」と笑う。農夫は驚いて、「この木を高値で売ったのは実が多くなるからです。ここに置いたまま実もいらないとなると、代金をいただくわけにいきません。お返しします。花は幾日でもご覧なさい。こちらは損はしませんから。」と言っても、岸は耳を貸さない。他人の花を見ても面白くないからと言って、花の時期には毎年酒を提げて花の下に酔っていた。後に、「玄知が梅」と名付けたという。〈同、448ページ〉

環境保護という名目によって原生林の樹木を買い取る運動がある。それはそれで、立派な志である。こちらは、自分が賞美したい梅を買い取り、そのままに置くという一種のわがままであり、奇行に違いない。にもかかわらず、清々しささえ感じられる。
岸玄知は梅を移そうとはしなかった。しかし、大抵欲しい物は自分の家に置きたくなるものだ。

有馬凉及(ありまりょうきゅう)は、父子兄弟にその名を及ぼして四世に亙る医家である。伊藤仁斎の父から四代を経て交流があった。
初代凉及は後水尾院の御医として、法印を賜わっている。衆医に諮らず薬を調製し、院の御悩をたちまち快復させた名誉もある一方で、碁を打っていて、急の召しに応じなかったため、京都を逐われ、大津に蟄居したこともあった。しかし、程なく召し還されたという。〈『近世畸人伝』巻之五、219ページ〉

凉及には、その狂態によって伝えられる笑話が多いとして、伴は以下の逸事を紹介している。桜の巨木を買って陋屋へ運ばせたのだが……。

一日、嵯峨に住む角倉氏の所へ治療に赴いた帰途、大樹の桜を見出す。購うに甚だ高価であったので、持主から借金をしたうえ、数多くの人足を使って我が家へ運ばせた。ところが、庭に横たえたまではよかったが、植えられる地面がない。人足が弱っていると、「かまわん。そのままにして置け。寝ながら見る桜としよう。」と言ったという。〈同、222ページ〉

この話に付された三熊花顚(みくまかてん)の描いた挿絵を見ると、塀で囲まれた狭小な庭にどでんと桜の大木が横たわっている。何人もの人足が働く中で、植木職人が根を縛った縄を解いているところだ。家の中では凉及が肱を枕に横になって、根の方に頭を向けている。ちょうど桜花を下から見上げるような恰好である。

だが、どうも奇妙だ。桜を横にするだけの余地があるのなら、なぜ縦に植える余裕がないのであろう。植木に詳しい方があったら教えてほしい。

(G)
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