心理・福祉学部 社会福祉学科 │ 聖徳大学

学科長コラム①  教育考「恩師の背中」

23.07.01

                                社会福祉学科長 山田千香子

「親の背中」という言葉がある。「子どもは親の背中を見て育つ」ということわざである。このことわざは、子どもは親の言葉からだけでなく、毎日の生活の中で、子どもは意識することなく、親からさまざまなことを吸収していくことを指し、どちらかというと、子どもは親の言う通りではなく、親のする通りに育つことを意味している内容でもある。

 私には恩師と呼べる先生が四名いる。二名の先生はご存命でいらっしゃるが、もう二名の先生は残念ながら鬼籍に入られてしまった。今回ご紹介する恩師は、大学院博士課程でお世話になった博士論文の指導教授である。私にとってT先生が示してくださった「恩師の背中」は、まさに研究における指針のみならず「どう生きるか」という意味を成している。T先生は今年の4月、卒寿(90歳)を迎えられた。とてもお元気でご自宅のマンションにおひとりでお住まいである。薫陶を頂いた教え子たちが対面とオンラインでつながり、先生の卒寿をお祝いできたことは大変うれしい出来事であった。

 T先生との出会いは大学院博士後期課程受験の半年前であった。学部時代の恩師からご紹介いただき、まず、所属学会でご挨拶をさせて頂いた。その後、先生を指導教授として受験のお許しを得るために大学をお訪ねし研究室に伺ったことが、現在までのご縁としてつながっている。その後、無事受験が通り、T先生の博士課程の院生となることが出来た。それ以来多くの教えを頂きながら、現在までずっと恩師の背中を見てきたという思いが強い。博士論文を書き上げるまでに3年の歳月を要し、この間が最も研究に集中できた濃密な時間であった。T先生は院生の間では厳しいことで知られている先生のおひとりであった。その例えは「ナイフ」「カミソリ」「なた」であり、T先生はカミソリであった。どの指摘も鋭く納得のいくものであるが切れ味鋭くシャープに切られ、刺さった。一方でおほめ頂けると格段の励みと喜びとなった。研究室の仲間も同様であった。

 T先生は東大の文学部出身でドイツ文学専攻である。70年前、大学へ進学する女性の数はまだまだ少なかった時代である。なおさら東大である。大学院はアメリカへ留学しPh.D(文化人類学)を取得されている。自分の考えで、自分の力で、新しい道を切り開いてきた方である。カミソリといわれるご指導内容、教育姿勢は首尾一貫されていた。その一方で、笑顔が素敵で大変チャーミングな恩師である。院生、学生の多くからリスペクトされる存在であった。

 私自身は博士学位取得後2年してから公募に応募、採用に至り初めて常勤の職を得ることができた。着任にあたって先生から印象的はなむけの言葉を頂いた。「①日本では新任の場合、一年間、教授会での発言は控えなさい。教授会は参与観察として出席し全体的な内容を把握すること。②その地域でしかできない研究テーマを探しなさい」と。どちらも自分自身の課題とした。そのおかげで、組織で働くということの一端が客観的に見えてきたし、現在の研究テーマとの出会いともつながっている。

 これまでを振り返り、改めて人生のターニングポイントで、大変お世話になってきたことを確認している。T先生は誰に対しても真摯に向き合い、いろいろな知識や情報を惜しみなく提供して下さる恩師であった。

フランスの小説家・詩人のルイ・アラゴンの「ストラスブール大学の歌」という詩の中に、
    「教えるとは、希望を語ること。
             学ぶとは、誠実を胸にきざむこと」

という一節がある。T先生の姿も同様であった。研究への「姿勢」、教育への「姿勢」は、恩師の背中より知らず知らずのうちに学んできたように思う。未熟であるわが身の姿勢を振り返りながら、まだ、まだ、教えを請いたいと願っている。

 T先生、どうぞ、いつまでもお元気でいらして下さい。!!

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