短期大学部・総合文化学科 │ 聖徳大学

(185) 江戸の珍談・奇談(25)-13

18.12.28

河豚中毒は死亡率が高い。昭和30年代には毎年100名前後、40年代には年々減少しているものの、それでも22~86名の死者が出ていた。平成16年から25年までの10年間の中毒総件数は277件、患者総数は387名、死者数は12名、致死率は3.1%だそうである〈一般財団法人 「東京顕微鏡院 食と環境の科学センター」HPによる〉。これは、蝮に咬まれて死ぬ率の約10倍にも上る。

鈴木桃野「反古のうらがき」によると、「河豚魚の毒ありて人を殺すことは、昔より人のしれることなるに、今は毒にあたる人もなくなりて、冬の頃なれば、うる人市にみちて、あたひも昔のいやしきが如くにてはあらずなりにたり」〈『鼠璞十種』中巻、98ページ〉と、当時既に一般の食材としてよく知られていたようだ。ただ、「今は毒にあたる人もなくなりて」とはいうものの、やはり中毒は恐ろしいから以下のような話にもなる。

某は、何でも人の嫌うことを好み、くだらない競争をして人に勝つことで喜んでいた。酒は浴びるほど飲み、大食をしたが、河豚だけは食わなかった。この頃の風潮で、河豚を食わない人は臆病者だと笑われるのが口惜しいから、いつも食べる風を装って、実はその味すら知らなかったのである。

ある年、雪が降り続いて寒さが尋常でないのに加え、風が強く吹いて耐えがたかったので、夜になると、河豚汁で酒を飲んで寒さを凌ごうという人が多かった。ところが、この年は河豚が少なく、価格も例年になく高かったから、思うように食べられない。そこで、コチという魚を河豚もどきと称して代用したのであった。

某の知る人の家で、二・三人寄り合って酒を飲みながら、例の河豚もどきをつついていたところへちょうど某も入って来た。常々大飲大食に困らされている奴が来た、タイミングが悪いな、どうしようと主人は思っていたが、ふと名案を思い付いた。あいつはいつも河豚を食べないと密かに聞いている、知らないことを幸いに、コチを河豚だといって騙したら、食うこともできず、酒を飲むのも面白くないから、日頃の大酔にも到るまい、と客らにも口裏を合わせるよう頼む。

「今夜は河豚を手に入れたから、二・三人寄って食うのだ。ちょうどよく見えたものだが、君は常々嫌って口にされないと聞いている。気の毒なことだ」と言うと、某は例の性質だから、「いや、そんなことはない。大いに好物だ」という。それなら幸いだと勧めたところ、これは珍しいと言って、蓋をのけて箸を取り上げたまではいいが、口に入るようにも思えない。南無三宝と念じながら、一切れ二切れをぐっと一口に飲み込むようにして全部食い尽くしてしまった。主人をはじめ皆、案に相違したがどうしようもない。

酒が二巡りした頃、某がふと何か思い出したように座を立つ。「残念だ。今夜の寒さにご主人のもてなしで一酔して帰ろうと思ったのだが、大事な用事を言い付けて置くのを忘れて来てしまった。今から帰らなければ間に合わない。もし差し障りがなければ、再び来て語り合おう」と言って立ち去った。ところが、近隣にあった某の家からすぐに小者が走って来て、「主人がひどい腹痛を起こしました。大熱を発してもだえ苦しむため、医者を呼んで診察してもらいましたところ、食中りに違いないと言います。主人に問うと覚えがないと言って、こちらで食べた物を話しません。ひょっとして食い合わせでも悪かったか、何を食べたか聞いてこい、と言う医者の言い付けに従って、こちらへ伺いました」と言う。皆驚いて、さてはコチを河豚だと思って食べたことで食中りになったのだろう、つまらぬことを言ったものだ、と某の家へ駆けつけ、事実を告げた。医者もこれを聞いて、そうだったかと薬を与えると、ひどく吐き下して苦しみは消えたとか。〈同書98~100ページ〉

虚勢でしかないのに、意地を張ると碌なことはない。だが、この男、これほど自己暗示にかかりやすいのだから、プラシーボ(偽薬)による二重盲検でも効果を発揮することであろう。

(G)
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