(140) 唐物は永遠の輝き
15.08.25
正倉院の宝物のひとつに「螺鈿紫檀五絃琵琶」があります。唐からの伝来品で、現存する五絃の琵琶(五絃琵琶はインド起源)としては、世界で唯一です。この琵琶には美しい螺鈿細工が施されていますが、駱駝に乗り四絃琵琶(四絃琵琶はペルシャ起源)を弾く胡人の文様がひときわ目を引きます。「胡人」とは西域の諸民族のことで、特にペルシャ人を指すこともあります。エキゾチックな胡人の文様が、シルクロードや中国を経て日本にもたらされ、聖武天皇遺愛の品の中に損なわれることなく現在まで伝わったということは、奇跡と言ってもよいかもしれません。正倉院には、他にも白瑠璃碗や漆胡瓶など西域由来の宝物が収められています。
『うつほ物語』にも、煌びやかな楽器や調度品など夥しい数の舶来品が登場します。例えば、「秘色の杯(=中国の越州窯で作られた青磁の高級品)」(藤原の君・①184頁)、「瑠璃の杯」(蔵開上・②377頁)、「大きなる瑠璃の壺」(国譲下・③384頁)、「白瑠璃の衝重」(蔵開上・②377頁)、「唐の紫の薄様」(蔵開上・②378頁)、「高麗の幄」(吹上下・①521頁)・「高麗錦」(楼の上上・③459頁)・「唐綾」(楼の上上・③460頁)などの織物、紫檀(楼の上上・③460頁)などの香木、沈香(藤原の君・①143頁)・白檀(楼の上上・③460頁)といった香料など、いわゆる「唐物」と言われる高級品が多数描かれています。
藤原明衡の『新猿楽記』(11世紀半ば頃)には、香料、薬品類、顔料類、皮革類、陶磁器、唐織物類など53品目の唐物を載せていますが、『うつほ物語』の唐物とほぼ一致することから、どちらも平安時代の唐物を知る手がかりになると言えます。
沈・麝香・衣比・丁子・甘松・薫陸・青木・竜脳・牛頭・雞舌・白檀・赤木・紫檀・蘇芳・陶砂・紅雪・紫雪・金益丹・紫金膏・巴豆・雄黄・可梨勒・檳榔子・銅黄・緑青・燕脂・空青・丹・朱砂・胡粉・豹虎皮・藤茶碗・籠子・犀生角・水牛如意・瑪瑙帯・瑠璃壺・綾・錦・羅・縠・緋の襟・象眼・繧繝・高麗軟錦・浮線綾・呉竹・甘竹・吹玉等
さて、冒頭で示した『うつほ物語』の「瑠璃の杯」や「大きなる瑠璃の壺」の「瑠璃」は、ラピスラズリではなくガラスの意です。河添房江氏によると、瑠璃の製品で大型であることが強調されているものは、繊細な中国のガラス器ではなく、イスラムグラスであった可能性が高いそうです。
藤壺より、大きやかなる酒台のほどなる瑠璃の甕に、御膳一盛、同じ皿杯に、生物、乾物、窪杯に、菓物盛りて、同じ瓶の大きなるに、御酒入れて、(蔵開中・②四七〇頁)
源正頼邸には「胡瓶」もありました。胡瓶はその名の通り、ペルシャ起源の水瓶で、口は鳳凰の頭の形を象っています。
御前の池に網下ろし、鵜下ろして、鯉、鮒取らせ、よき菱、大きなる水蕗取り出でさせ、いかめしき山桃、姫桃など、中島より取り出でて、をかしき胡瓶ども、水に拾ひ立てなどして、涼み遊びたまひて、(祭の使・①四六五頁)
胡瓶は正倉院の「漆胡瓶」が有名ですが、『延喜式』「酒造式・諸節会供御酒器」に「金銅胡瓶一口」とあり、実際に節会で胡瓶が使用されたことが『中右記』(承徳元年一月七日条・白馬節会・「中門立胡瓶二口」)から分かります。
平安時代に日本人がペルシャまで行ったという記録は残っていませんが、唐物や文献によって、シルクロードの西の果ての国々を知ることができたのです。それらは、今を生きる我々の目をも楽しませてくれます。
先日、シリアのパルミラ遺跡の一部(世界遺産)が過激派組織ISによって破壊されたことをニュースで知りました。パルミラは紀元前1世紀~紀元3世紀にシルクロードの交易で栄えた都市で、古代ローマ時代の神殿や円形劇場の跡があることで有名です。破壊されたのは、1世紀に建てられた「バールシャミン神殿」だそうです。
さらに痛ましいニュースも伝わっています。50年以上にわたりパルミラの遺跡や博物館の統括に当たっていた考古学者のカリド・アサード氏が、ISによって殺害されたそうです。今年5月にISがパルミラを制圧した際、ISによる爆破を逃れるため多くの文化財が運び出されたそうですが、その在り処をカリド・アサード氏が明かさなかったため殺害されたと見られています。
カリド・アサード氏のように命がけで文化財を守ってくださった人々のおかげで、西域から遠く離れた日本でも美しい唐物を知ることができましたし、唐物は平安の物語の中にも豪奢な輝きを湛えて残りました。
カリド・アサード氏の生きる姿勢と考古学への情熱を忘れません。
※唐物について詳しく知りたい方は、河添房江『光源氏が愛した王朝ブランド品』角川選書 二〇〇八年)、山口博『平安貴族のシルクロード』(角川選書 二〇〇六年)をご覧ください。