短期大学部・総合文化学科 │ 聖徳大学

(124) 江戸の珍談・奇談(12)-3

14.11.04

猫にはあって犬にはない性質を挙げるなら、女性的な執心・嫉妬といえようか。勿論、現実の動物のことではなく、風聞や説話の上での話である。

室町一丁目の町屋で、長年猫を好んで飼っていたが、年数を経て格別に大きくなったため、鼠も取らずにいた。その家の女房が、最近子猫を飼い、かの古猫を厭わしく思うようなると、古猫を虐待するようになる。ある日女房が二階で昼寝をしていると、古猫が喉笛に食いつく。声を立てるが、誰も聞き付ける者がない。向かいの家の者が異変を感じて駆けつけると、すばやく猫は逃げ去ってしまう。女房は間もなく死んだが、猫は奥の部屋に入り自殺したという。〈『耳嚢』巻之九〉

猫にも自決とは、いかにも武士社会らしい始末の付け方である。
犬にはなさそうな猫の嫉妬はいかにもそれらしい。さらに、猫には執心もある。

文化11年-1814-、日光東照宮の修復工事が行われた。江戸から役人が大勢派遣されたが、御徒目付(おかちめつけ)であった梶川平次郎から当地日光の知音へ言って寄越した話。日光奉行組同心山中佐四郎の妻は、常々3・4匹の猫を飼っていた。一両年前から病気を患い、昨冬以来甚だ重い。猫の真似をすることが募り、この春は食事も猫同様となった。病人とは思えないほど大食するため、看病人も困り果て、何か取り憑いているのではないかと疑い、加持祈禱をしたものの、その効験は全くない。ある時、8年前に死んだ猫が取り憑いていると病人が口走った。佐四郎は憤り、「死ぬまで飼ってやった猫が取り憑くなどということがあるものか」と叱ったのだが、「余りに愛してくださったから離れがたいのです。今飼っていらっしゃる猫も、その猫の子であるから、一層離れられない」と病人の口を借りて猫が言う。そこで、日光の神職を頼んで祈禱すると、猫は病人から離れたが、3日目に病人も死んでしまった。祈禱の最中、病人が「この猫の死骸は庭に生けてある。犬に咬まれて死んだのを菰(こも)に包んで庭に埋めたから、掘り出して川へ捨ててください」と言うので、掘り出して見ると、8年以前に埋めたはずの猫の死骸が、全く腐りもせずそのまま残っていた。佐四郎の許に残った猫の子も、あるいは貰って飼っていた猫も残らず川へ捨てたと、目の当りに目撃した者が語ったという。〈同、巻之九〉

これは、表面上猫が飼い主に執心する話となっているが、実は、逆に飼い主が猫に執心していることが原因かとも考えられよう。それでは、飼い主と猫の双方が執心すればどうなるか。次の話はそれを暗示している。

本所割下水に住む諏訪源太夫の母〝きた〟は当年70歳。猫を深く愛玩し、常に数十匹を飼っていた。その猫が死ねば、死骸を長持に入れて捨てずに置く。月々の猫の命日には魚を調え、料理して長持に入れてやる。すると、翌日にはすっかり食べてある。本所の猫婆と称せられたこの老母、宝暦12年-1762-の秋8月、台風が吹き荒れた夜、飼い猫とともにどこへともなく失踪した。家の者が不審に思い、例の長持を開けて見ると、猫の死骸は一つも残っていなかった。〈「江戸塵拾」巻之五、『燕石十種』第5巻406ページ〉

猫は、こうして神秘的・幻想的な雰囲気まで醸し出すに至る。だが、怪異ばかりに目を向けては猫に可哀そうだし、猫好きの方も不愉快であろうから、次のような忠義を貫いた猫の話を紹介し、名誉を回復しておくとしよう。

安永か天明頃の話。大阪農人(のうにん)橋に河内屋惣兵衛という町人に器量良しの一人娘があった。この娘は、自分から片時も離れないぶち猫を可愛がっていた。猫は、常住坐臥、娘が便所へ立つにも付きまとう。それほどであるから、「あの娘は猫に魅入られているのだ」と評判され、縁談にも差し支えるようになる。そこで、しばらく猫を離れた場所へ追い放つのだが、間もなく帰って来てしまう。猫は怖ろしい、殺して捨てるに限る、と内談していると、猫は行方をくらます。やはりそうだと祈禱や魔除けの札をもらって慎んでいたところ、ある夜惣兵衛の夢枕に猫が立ち、「娘に執心するから私を殺そうというので、身を隠しました。だが、よくお考えください。私はこの家先代から養われておよそ40年厚恩を蒙って来ました。どうして主人のために悪さをするでしょうか。私が娘の側を離れないのは、この家に年を経た妖鼠があり、娘に執心しているため、それを防ごうとして片時も離れまいと思っているからです。鼠を捕えるのは猫の義務ですが、なかなかこの鼠は私一人で太刀打ちできる物ではありません。普通の猫では2・3匹寄っても無理でしょう。島の内河内屋市兵衛方に優れた虎猫がいますから、これを借りて私と一緒にかかれば征伐することは可能です」と言って姿を消した。妻も同じ夢を見たが、たかが夢だと、その日は手を打たないでいたところ、その晩の夢に猫が現われ、再び訴える。そこで島の内へ立ち寄れば、夢の通り体格抜群の虎猫が庭に蹲っていた。主人に事情を話して借りて来ると、すでにぶち猫と通じ合っていたらしく、まるで人間の友達同士が話し合うようである。ぶち猫は、明後日鼠を成敗するから、日が暮れたら虎猫と自分を二階に上げて置いてくれるよう、夢で主人に念を押す。さて、その当日ご馳走をたっぷり食べた二匹の猫は、二階で鼠とすさまじい格闘に及んだ。騒動が静まって、主人らが二階へ上がって見ると、ぶち猫は、自身の体にも勝る大鼠の喉笛に食らいついたものの、鼠に脳を掻き破られ、鼠とともに息絶えている。虎猫は、気力を使い果たして瀕死の状態であったが、療養の甲斐あって命拾いをした。ぶち猫はその忠心に感じ手厚く葬られ、墓まで建てられたという。〈『耳嚢』巻之十〉

(G)
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