短期大学部・総合文化学科 │ 聖徳大学

(58) 神様も嫉妬するのだから…③

12.11.24

神様や中宮さまが嫉妬するぐらいですから、平安時代の貴族女性も当然嫉妬しました。有名なのが『蜻蛉日記』の作者(藤原道綱母)でしょう。

道綱母は、夫・兼家が出て行った後、何気なく文箱(ふばこ)を開けてみると、別の女にやろうとした手紙を発見します。その後、兼家が三晩続けて訪ねてこない日があり、新しい女性と結婚したのではないかと疑いを持つようになりました。当時の結婚は、男性が三晩続けて女性のもとに通うと成立します。ですから、道綱母はピンときたわけです。召使いに後をつけさせて、「町の小路の女」の存在を知ることになりました。

夫の文箱を覗いてみる(現代なら勝手に夫の携帯を見る)、後をつけさせる(探偵を使って尾行する)など、尋常ではありません。

自分の家の前を、兼家と町の小路の女が一緒に牛車に乗って、大騒ぎしながら通り過ぎてゆくのを耳にした時、「よりによって、私の家の前を通っていくなんて…」と茫然とします。召使いたちは道綱母に同情しますが、かえってそれが彼女のプライドを傷つけました。

しかも、「町の小路の女が男児を出産した」と聞き、とても胸がつまります(原文は「いと胸ふたがる」)。道綱母は、「あの女に命を長らえさせ、自分が苦しんだのと同じように、逆に苦しい思いをさせてやりたい」と考えるようになりました。

不幸にして町の小路の女の産んだ男児が亡くなり、兼家との愛も終わったと聞いたとき、「あの女が、私が苦しんでいるより、もう少しよけいに悲しんでいるだろうと思うと、〈今ぞ胸はあきたる〉――あー、今こそ胸のつかえがおりて、すっきりした!!」と思います。

女は怖いですね。これと同じような場面が、『源氏物語』にもあります。六条御息所が生霊となって光源氏の正妻・葵の上をとり殺す場面です。葵の上が無事男児を出産したと聞いた時、「ただならず」でした。「えっ?以前は、葵の上が危篤だっていう噂があったのに。よくもまぁ無事出産だなんて…」と思います。道綱母とそっくりですね。生まれてくる子に罪はないだろうに、やっぱり女は怖い。

六条御息所は、その後、死霊となって紫の上や女三の宮も苦しめました。紫の上を危篤に陥らせたのは、御息所が亡くなってから18年も後のことです。18年経ってから突然、出てこられても…自ら蒔いた種とは言え、光源氏も驚きますよね。人の恨みというものはなかなか消えず、何世代にも引き継がれることの証を見ているようでもあります。

人は不思議です。何かをしてもらった時、嬉しいことよりは恨みの方を永く覚えていて忘れない――これが人間の性だと自覚していると、「あの女!!いつか、ひどい目に合わせてやる」なんて、はしたない言葉を口走らなくて済みそうです。人に嫉妬しても自分が苦しいだけだと、道綱母や六条御息所は教えてくれます。

(し)
PAGE TOP