短期大学部・総合文化学科 │ 聖徳大学

(47)『うつほ物語』の七夕

12.08.02

ご存じのように、七夕や重陽など日本の伝統的な年中行事は、もともと旧暦によって行われていました。ですから、七夕は旧暦では秋の行事になります。

『うつほ物語』の最終巻である楼の上・下巻で、俊蔭の娘や仲忠、いぬ宮は、七夕に音楽を捧げています。俊蔭の娘は、亡父がかつて波斯国から持ち帰った波斯風という七絃琴を、仲忠はりうかく風を、いぬ宮はほそを風を弾きます。するとどうでしょう。奇跡が起こりました。

世に知らぬまで、空に高う響く。よろづの鼓、楽の物の笛、異弾き物、一人してかき合はせたる音して、響き上る。面白きに、聞く人、空に浮かむやうなり。星ども騒ぎて、神鳴らむずるやうにて、閃き騒ぐ。…さまざまに面白き声々のあはれなる音、同じ声にて、命延び、世の栄えを見たまふやうなり。[新編日本古典文学全集③550頁]

あらゆる種類の楽器を合奏したような音で、その演奏の面白さに、聞いている人は空に浮かびあがりそうになり、しかも、寿命が延び、栄耀栄華を見ているようだとあります。俊蔭の娘たちの演奏に、七夕の空が反応しました。

夜もいたう更けぬれば、七日の月、今は入るべきに、光たちまちに明らかになりて、かの楼の上と思しきにあたりて輝く。神遥かに鳴り行きて、月の巡りに星集まるめり。世になう香ばしき風、吹き匂はしたり。…色々の雲、月の巡りに立ち舞ひて、琴の声高く鳴る時は、月、星、雲も騒がしくて、静かに鳴る折は、のどかなり。

以前、勝俣隆先生に教えていただいたのですが、七夕の夜は「上弦の月」で、日没時に天頂にありますが、真夜中には西の地平線上に沈んでしまうそうです。ところが、『うつほ物語』では、夜中に月が輝いています。月の周りに星が集まっているようであり、色とりどりの雲も沸きたっています。勝俣先生は、この場面について次のように仰っています。

本来なら真夜中に沈んでしまうはずの七日の上弦の月が、三人の合奏による天変として、西の山の端から舞い戻り、楼の上に輝いたわけですから、まさのそのことが奇瑞であることになります。そうした本来起こりえないことが起こったので、七夕の弾琴の素晴らしさが称賛されるのだと解釈すべきと存じます。

俊蔭一族の弾琴による天体マジックショーは、七夕の日であったからこそ、読者も余計に「ファンタスティック!」と感嘆したのではないでしょうか。この後、俊蔭の娘の夢に、亡くなった俊蔭が現れます。

「むかしのものの声の、さもあはれにめづらしく聞きはべりつるかな。大将も、御楽の声も、あはれに愛しうなむ。…」

夢の中で、俊蔭は、娘や孫の七絃琴の演奏を聴いて深く心を打たれたと言っています。俊蔭の娘は、父が亡くなってから、せめて夢の中だけでも逢いたいとずっと思い続けてきましたが、今回初めて夢に亡父が現れたと涙します。夢でいいから亡くなった人に逢いたいと思う気持ちは、昔も今も変わりません。俊蔭の娘にとって、生涯忘れることのできない七夕になりました。

今年は、八月二四日が旧暦の七月七日になります。皆さんも、ぜひ夜空を見上げて、牽牛星(彦星)と織女星(織姫星)を探してみてくださいね。

(し)
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