(41)『うつほ物語』桐の巨木②(俊蔭巻)
12.06.02
清原俊蔭が波斯国の西方で出会った桐の巨木は、阿修羅(あしゅら)が番人となってその木を守っていました。阿修羅は、もちろん人間ではありません。古代インドでは、初め善神でしたが後に悪神となり、絶えずインドラ(仏教では帝釈天)や日・月と闘争を繰り返す悪魔・鬼神の類として知られています。仏教に取り入れられた後は、六道の一つ、あるいは八部衆の一つとされ、仏法の守護神の地位が与えられますが、帝釈天(たいしゃくてん)と争い、闘争を好む一種の鬼神であることに変わりはありません。
阿修羅は、桐の巨木の由来を、俊蔭にこう話しました。
「世の父母、仏になりたまひし日、天稚御子下りまして、三年掘れる谷に、天女、音声楽をして植ゑし木なり。」(お釈迦様が仏におなりになった日、天稚御子が天から下っていらっしゃって、三年かけて掘った谷に、天女が妙なる天上の音楽を奏でて植えた木だ。)[新編日本古典文学全集①27頁]
天稚御子は、日本神話のアメノワカヒコという神に由来します。天女は、忉利天(=須弥山の頂上。帝釈天が住んでいる。)の天女で、仏教に由来します。いろいろな異形(いぎょう)の者たちが登場して面白いですね。
さて、俊蔭がもらい受けた桐の巨木の下の部分は、この様々な異形の者たちによって三十面の七絃琴へと形を変えました。
>阿修羅、木をとり出でて、割り木づくる響きに、天稚御子下りましまして、琴三十つくりて上りたまひぬ。かくて、すなはち、音声楽して、天女下りまして、漆ぬり、織女、緒よりすげさせて上りぬ。[新編日本古典文学全集①28頁]
織女の正体は星です。七夕伝説で機(はた)を織ることから、七絃琴の絃を張る作業を担当したのでしょう。
『竹取物語』の「かぐや姫」は月の都の人でした。かぐや姫も人間ではありません。地球の男性とは結婚しないで、月の世界へと帰ってゆきました。『うつほ物語』は、海の向こうの世界として波斯国という異界を創り出し、異形の者たち――阿修羅(仏教)、天女(仏教)、天稚御子(日本神話)、織女(中国の民間信仰)を登場させたのです。浦島太郎が再び竜宮城に行くことがなかったのと同じように、『うつほ物語』の中で波斯国という異界に行けたのは清原俊蔭ただ一人、しかも一度きりでした。