短期大学部・総合文化学科 │ 聖徳大学

(39)『うつほ物語』桐の巨木①(俊蔭巻)

12.05.12

『うつほ物語』の俊蔭巻には、桐の巨木が登場します。桐の巨木は、この物語の出発点です。

主人公・清原俊蔭が桐の巨木と出会う場面を見てみましょう。波斯国(ペルシャ)に漂着した俊蔭は、観音の助けによって、栴檀の林で七絃琴(=中国の琴。絃が七本ある)を弾く「三人の人」に出会います。その翌年の春、西の方から木を伐り倒す斧の音が聞こえてきて、三年間その音が止みません。しかも、俊蔭の弾く七絃琴の音に調子を合わせるように聞こえてきます。その不思議な音に誘われるように、俊蔭は「この木のあらむところ尋ねて、いかで琴一つ造るばかり得む」と思って旅に出ました。

三年後、ようやく木を尋ねあてます。その木は「頂天につきて険しき山」の上に「千丈の谷の底に根をさして、末は空につき、枝は隣の国にさせる桐の木」でした。千丈の谷底に根を張り、梢は天をつき、枝は隣の国まで延びているという、とても大きな桐の木です。俊蔭は、三等分した巨木の一番下の部分を貰い受けることになりますが、この桐の巨木は、望みを叶えてくれる魔法の木でした。

この木の上中下、上中の品をば大福徳の木なり。一寸をもちてむなしき土を叩くに、一万恒沙の宝をわき出づべき木なり。下の品は、声をもちてなむ、ながき宝となるべき(新編日本古典文学全集①二八頁)

木の上・中の部分は大福徳の木で、その木のほんの一片であっても、それで何もない土を叩くと、一万恒河沙(数えきれないほどの膨大な数)の宝を湧き出させることができる木だそうです。また、木の下の部分は、音の素晴らしさで永遠の宝物になるとあります。非常に多くの福徳をもたらしてくれるこの巨木を、江戸時代の国学者・山岡明阿は「打出の小槌といふ宝物なり」(『二阿鈔』)と言いました。

ところで、望みを叶えてくれる不思議な樹の話は、世界に数多くあります。例えば、『酉陽雑爼』三・貝編にある「憶念樹」は、物が思うままに出てくる樹です。ギリシア・ローマ神話では、ヘルメスが魔法の杖(卜占杖)の持ち主でした。

人間の望みを叶えてくれる魔法の木が本当にあったとしたら、少々怖いような気もいたしますが、『うつほ物語』では、不思議な桐の巨木からつくられた七絃琴が、俊蔭一族を栄えさせてくれることになります。

俊蔭が、桐の巨木の上・中の部分をもらわなかったのはなぜでしょう。「一寸をもちてむなしき土を叩くに、一万恒沙の宝をわき出づべき木」の方が、魅力的に感じられます。そのように考えると、桐の巨木から楽器をつくり、その楽器を弾くことで家が栄えていくといったストーリーは、非常に面白いと言えましょう。『うつほ物語』は、単に宝物を獲得していく物語ではなく、音楽を物語の主題としたのですから。

(し)
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