短期大学部・総合文化学科 │ 聖徳大学

(21)『うつほ物語』の「秘色」から―青磁の魅力―

11.11.14

『うつほ物語』には、「秘色(ひそく)の杯(つき)」(藤原の君巻)というものが登場します。

ぬしものまゐる。台二よろひ、秘色の杯ども。娘ども、朱の台、金の杯とりてまうのぼる。男ども、朱の台、金椀してもの食ふ。[新全集①・184頁]

「秘色」は、河添房江氏の調査・研究によると、中国の越州窯で作られた青磁(せいじ)の高級品をさすそうです(『光源氏が愛した王朝ブランド品』角川選書・2008年)。青磁は、鉄分を含む釉薬(うわぐすり)をかけて青緑色に発色させた磁器のことです。「秘色」は、神秘的あるいは特別な色の青磁ということになります。

『うつほ物語』の「秘色の杯」は、滋野真菅(しげののますげ)という人物の持ち物ですが、彼が太宰大弐をしていた頃に、唐との交易によって得た高級輸入食器という設定になっています。秘色青磁は、『源氏物語』でも末摘花の使用する食器として登場しますが(「御台、秘色やうの唐土のものなれど」)、越州窯の青磁が廃れたことで、十一世紀以降、輸入量も急速に減り、流行後れの品になっていったそうです。

しかし、青磁そのものがなくなることはなく、中国各地で作り続けられます。この青磁ですが、平安時代の人々が憧れただけではありません。皆さんのよく知っている夏目漱石の『草枕』の中にも登場します。『草枕』では、青磁の器に青い練羊羹をのせた様子を美しいとする場面があります。

菓子皿のなかを見ると、立派な羊羹が並んでいる。余は凡ての菓子のうちで尤も羊羹が好だ。別段食いたくはないが、あの肌合いが滑らかに、緻密に、しかも半透明に光線を受ける具合は、どう見ても一個の美術品だ。ことに青味を帯びた煉上げ方は、玉と蝋石の雑種の様で、甚だ見て心持ちがいい。のみならず青磁の皿に盛られた青い煉羊羹は、青磁のなかから今生れた様につやつやして、思わず手を出して撫でて見たくなる。(『草枕』新潮文庫)

夏目は、青磁の皿に羊羹を盛った様子に美しさを感じていたようですね。この青磁は、中国産の青磁であることが、この後に続く会話によって知られます。

「これは支那ですか」 / 「何ですか」と相手はまるで青磁を眼中に置いていない。/ 「どうも支那らしい」と皿を上げて底を眺めて見た。

ちなみに、実際に、羊羹を青磁に盛った写真を「とぐりのぶろぐ」(戸栗美術館の公式ブログ・2011年5月15日の「夏目漱石と青磁」)で見ることができます。

さて、寺田寅彦の「青磁のモンタージュ」(昭和6年12月)では、青磁は「緑色の憂愁」のシンボルであり、「女性的なセンチメンタリズムのにおいがある」としています。そして、夏目漱石の青磁好きに触れた上で、自分の考える青磁の美しさは、そのモンタージュ次第だと述べています(ここでのモンタージュは、器とそれに入れる物等の組み合わせのこと)。

青磁の皿にまっかなまぐろのさしみとまっ白なおろし大根を盛ったモンタージュはちょっと美しいものの一つである。いきのよいさしみの光沢はどこか陶器の光沢と相通ずるものがある。逆に言えば陶器の肌の感触には生きた肉の感じに似たものがある。ある意味において陶器の翫賞はエロチシズムの一変形であるのかもしれない。[『寺田寅彦随筆集』第三巻・岩波書店]

青磁の徳利にすすきと桔梗でも生けると実にさびしい秋の感覚がにじんだ。あまりにさびしすぎて困るかもしれない。

青磁の香炉に赤楽の香合のモンタージュもちょっと美しいものだと思う。秋の空を背景とした柿もみじを見るような感じがする。

青磁はその色とつやの美しさから、いつの時代にも文人から愛好されたようです。高価な輸入品を簡単に求めることはできませんが、博物館で愛でることができます。皆さんも、青磁の器にどんなものを盛ったら美しいか、想像してみてくださいね。

(し)
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