(12)『うつほ物語』海洋冒険と楽園①(俊蔭巻)
11.09.03
清原俊蔭は遣唐使に選ばれ、唐に向けて船出しますが、途中難破し、波斯国に漂着します。
唐土に至らむとするほどに、あたの風吹きて、三つある船二つはそこなはれぬ。多くの人沈みぬる中に、俊蔭が船は、波斯国に放たれぬ。(新編日本古典文学全集①21頁)
見知らぬ浜辺に打ち上げられた時、俊蔭以外、誰もいませんでした。遣唐使船に乗っていた人たちは、皆、藻屑と消えたのです。千一夜物語の「船乗りシンドバードの物語」も、俊蔭の物語とよく似た、海洋冒険譚(「譚」は物語の意)です。シンドバードは七回も旅に出かけますが、必ず航海の途中難破して見知らぬ島に流れ着き、最後はシンドバードただ独りになります。
海上には夜が落ち、私は身の破滅とただひとり取り残されたことがもう疑いないものになった。(第292夜「第一の航海」)
漂流譚では、最終的に主人公だけが生き残るという設定にすると、面白いですね。読者も主人公になったつもりで、スリリングな体験が出来るからです。
さて、俊蔭は波斯国を旅します。日本では見られないような楽園が存在しました。驚くことに、「山の地は瑠璃なり」とあります。大地がなんと瑠璃でできているのです。この瑠璃はガラスでしょうか?それともラピスラズリでしょうか?どちらにしても高価で綺麗ですね。シンドバードが旅した楽園も、地面がダイヤモンドでできていました。
この谷は、全部ダイヤモンドを含む岩石でできているのを認めた。(第二の航海)
この際「木々はどうやって育つのだろう」なんて、野暮なことは考えないことにしましょう。シンドバードは七回にも及ぶ航海で、その都度、不思議な島に漂着します。恐ろしい体験をたくさんしていますが、ここでは楽園のような場所だけご紹介しましょう。
果樹に蔽われ、清らかなよい水の湧く泉の流れている野原(第一の航海)
果物は木々に満ち、甘露の泉がいくらもあった。(第二の航海)
淡水の小川の両岸には、ルビーの石だの、色とりどりの宝玉だの、さまざまな形の宝石だの、貴金属類だのがばらまかれていた。…しかもこうした宝石類すべては、そこらの河床の小石の数ほどもあった。…(第六の航海)
その他に、シンドバードが廻った島々では、沈香、樟脳、薫香、白檀、伽羅木といったものが存在し、シンドバードはそれらを高価なお土産として故郷のバグダードに持ち帰っています。あらあら、平安時代の貴族たちが求めたブランド品と同じですね。
さて、世界文学には、他にもたくさんの楽園が登場します。皆さんは、どんな楽園がいいですか。試験がなくて、お金に不自由しなくて、イケメンの男性ばかりいるところがいいですって?うーん、何だか夢がありませんね。もっとスケールの大きい楽園を想像(創造)してみませんか。素敵な冒険譚が書けますよ。