(93) アリスと淳于棼
13.11.26
ご存じのように、『地下の国のアリス』は、『不思議の国のアリス』のもとになったもので、ルイス・キャロル(本名はチャールズ・ラトウィッジ・ドジソン)が、リデル家のアリスのために創作したものです。キャロルは、アリスのために挿絵を描き装丁まで手がけて、1864年11月26日、『地下の国のアリス』を彼女にプレゼントしました。現在、世界中に知られているジョン・テニエルによる挿絵もかわいいのですが、キャロルの挿絵もなかなかのものです。
さて、今回は『地下の国のアリス』(『不思議の国のアリス・オリジナル―Alice’s Adventures Under Ground―』書籍情報社)で、アリスが訪れた地下世界がどのようなものかをご紹介しましょう。
ある日、土手で退屈そうにしていたアリスは、赤い目をした白ウサギが服を着て、人間の言葉を喋っているのを耳にします。その白ウサギを追いかけてウサギ穴に落ち、長い時間をかけて下へ下へと落ちてゆきました。着いた場所は細長いホールになっていて、アリスはそこで金色の鍵と、高さ40センチくらいの小さなドアを見つけます。金の鍵はその小さなドアの鍵で、開けてみると、素晴らしく美しい庭園が見えました。
この後、アリスは不思議な小瓶を飲んだり、ケーキを食べたり、ウサギの落としていった花束を持ったり、キノコをかじったりすることで、体が大きくなったり小さくなったりを繰り返しますが、不思議な冒険を経て、とうとう庭に出ることができます。
美しい庭園には、色鮮やかな花壇や涼しげな噴水がありました。庭園の入口近くには大きなバラの木があって、首や手足のついたトランプの庭師が木の手入れをしています。
そこはハートの王様と女王様のいる国で、白ウサギはこの女王様にお仕えしていたのでした。ハートの女王様はかんしゃくもちで、庭師やクロッケー大会の参加者を次から次に死刑だと宣告してゆきます。その後、アリスは、玉座の前で行われている裁判を見て、証拠は後で、判決が先といった馬鹿げたやり方を非難し、「あなたたちなんて、ただの一組のトランプじゃないの!」と言います。すると、トランプたちがみんな空中に舞いあがり、アリスめがけてひらひらと落ちかかってくるではありませんか。アリスは驚いて悲鳴をあげますが、実は葉っぱが、姉の膝枕で寝ていたアリスに降りかかってきたのでした。これまでのことは全部夢であったと、アリスは気づきます。
夢の中で、穴の中に入っていったら、知らない世界が広がっていた――似たような話が、古代中国にもあります。唐代伝奇の一つ、『南柯太守伝(なんかたいしゅでん)』では、主人公の淳于棼(じゅんうふん)が、ある日、泥酔して夢心地でいると、二人の使者がやってきて、自宅の南にある大きな一本の槐(えんじゅ)の穴の中へと彼を連れてゆきました。
古槐の穴の中に入ると、山や川が見え、やがて大きな城門にたどり着きます。楼上には金文字で「大槐安国」と書かれていました。淳于棼は、そこの王の次女と結婚し、南柯の太守(長官)となって20年もの歳月を過ごします。五男二女の子どもにも恵まれましたが、檀蘿国との戦に敗れ、妻も亡くなってしまいます。その後、彼は南柯の太守を辞め、大槐安国に戻り、さらには故郷へ帰ることになりました…。
淳于棼は再び穴の中を通って、自宅に戻ったと思ったところで目をさまし、夢の中で一瞬にして一生を体験したことに気づきます。不思議に思った彼は、古槐の根元の穴の中を調べてみると、そこにはたくさんの蟻がいました。「大槐安国」は蟻の国で、夢の中の出来事ではありますが、淳于棼はそこで一生を過ごしたことになります。
穴の中には知らない世界が広がっている――古今東西を問わず、人間が空想した異界です。それが夢と結びついて、不思議な冒険譚に出来上がりました。
アリスの行ったトランプの国には死刑が、淳于棼の行った蟻の国には戦や死があったことを考えると、穴の中の世界が単なる理想世界にはなっていないところが興味深いですね。