短期大学部・総合文化学科 │ 聖徳大学

【コラム】「酒壺・酒瓶」と「虫」

24.08.07

 日本の元号「令和」は、『万葉集』巻5の「梅花の歌三十二首 并せて序」(815〜846番歌)の序文「時に、初春の令月にして、気淑く風和ぐ」が出典だと言われています。天平2年(730)正月13日、大宰帥だった大伴旅人(おおとものたびと)(665~731)宅で梅花の宴が盛大に催され、官人たちが集って梅の花に因んだ歌を詠みました。序文はもちろん大伴旅人がしたためたものです。

 この大伴旅人は、「讃酒歌」という酒を讃える歌を13首詠んでいることでも有名です。その中の2首をご紹介しましょう。

  なかなかに 人とあらずは 酒壺に なりにてしかも 酒に染みなむ(巻3・343)

 「なまじっか人間でいるよりは、酒壺になってしまいたい。そしてどっぷり酒に浸ろう」――何ともユニークな歌ですね。旅人はお酒が好きだったのでしょうか? 実は酒壺になりたいという発想は、旅人独自のものではありません。呉の鄭泉(ていせん)という酒好きの男が死ぬ時に「我死なば、窯の側に埋むべし。数百年の後に化して土と成り、覬(ねが)はくは酒瓶に為(つく)られ、心願を獲む」(『琱玉集』・嗜酒篇)と遺言したという故事を踏まえています。どんなにお酒が好きでも、「酒壺(酒瓶)」になりたいと願う人はそうそういません。旅人は次のようにも詠います。

  この世にし 楽しくあらば 来む世には 虫に鳥にも 我はなりなむ(巻3・348)

 「この世で(酒を飲んで)楽しかったら、あの世では、虫にでも鳥にでも私はなってしまおう」――おやおや、虫や鳥に生まれ変わったら、もうお酒に親しむことはできませんよ。誰も来世のことは分からないから、この世でお酒を楽しめたらそれでいい、という享楽的な歌です。

 ところで、「虫になりたい」と遺言したという逸話を持つ人物がいます。源博雅(918?~980)という平安時代の雅楽家です。『文机談』2・「慈尊曲事」によると、博雅様は「万秋楽」という曲が好きすぎて、箏の楽譜の奥書に「私が死んだ後、(紙の)楽譜につく虫となって、長くこの曲を守りたい」と書きつけたそうです。

  (源博雅は)ことに万秋楽を秘愛して、箏譜のをくがきにちかひ給ひけるむねこそいみじくあはれにもうけ給はれ。「我必滅のゝち、生を他界になつくとも、願はくは譜のうちの虫となりてながく此の曲を守護すべし」とぞかきつけたまひける。桂大納言の記には、かの願すでに成じて都率の内院にうまれ給ふよし、夢のつげありと申し置き給ふとかや……(岩佐美代子『文机談全注釈』笠間書院)

 何と健気な願望でしょう。「酒瓶」になりたいと遺言した鄭泉と、楽譜を守るべく「虫」になりたいと遺言した源博雅。どちらも「酒」や「曲」に対する究極の愛を示していて、微笑ましいと思いませんか。



PAGE TOP