短期大学部・総合文化学科 │ 聖徳大学

(188) 江戸の珍談・奇談(25)-16

19.07.11

昨年夏に起きた西日本豪雨の際、浸水被害を受けて休業している店舗に賊が侵入するいわゆる「火事場泥棒」が続出したという。人の苦難に付け込む卑劣な犯罪である。以下は、文字通りの火事場泥棒の話であるが、その大胆不敵にはむしろ感心させられる。

浅草川の東に住む人の家は、ここ百年来火事で焼けたことがなかった。しかし、ある年の冬、雨が降らないまま春先まで続いたため、日頃当てにしていた庭の池の水も浅くなり、深い所に水が少し残るだけとなってしまったところへ近所から出火し、家並に沿って火が近づいてくる。今度ばかりは類焼を免れまいと見えたが、主人は家を立ち去らず、火の着いた所へ水を注いでいたが、何しろ水不足である。思うに任せないでいるうち、風が強まり、遂に表座敷は焼けてしまった。

せめて母屋を救おうと、池に入っては水を汲み、駈け上がっては水を掛ける。隣家は既に焼けた。裏手の家も皆焼けている。この家一軒を火から防がなければ、火を避けて逃げることも出来ない。だが、火の手は益々勢いを増してくる。とうとう屋根も焼け、家屋の裏から出る炎は、熱が目も鼻も包むほどになっている。今はこれまでと、わずかに残る池の水に浸かり、濡れた薦(こも)を被って鎮火を待っていた。

それにしても危ないことをしたものだ。一人として火消が現れないこの時まで逃げ出さず我慢していたのは、あまりに頑固だった。今母屋の焼け落ちる様を見たら、どんな火消だって立ち向かうことはできそうもないなどと思いながら、池の中から火事の様子を見ていたところ、ごうごうと音を立てて噴き上がる炎の中に、二人の男が入って来る。何を着ていたのか、水で湿らせてあったと見えて、湯気がもうもうと立つ有様は、物を蒸すようである。足には何を履いていたのか、まるで平地を歩くように火の上を悠然と進んで、あちこち漁り回っている。盗人に違いない。こんな危険な状況の中を、物ともせず入って来て、平然と物を盗むのは、並の盗賊ではあるまい。これほどの豪胆でなければ、どうして盗みなどできようと呆れて見ていた。

この家には奪う物がそれほどなかったらしい。再び、火に埋まった隣家の中を押し分けて入って行く。火の中を進む有様が、まったく通常の家に入ったようで、目を見張り呼吸をするのに苦しむ様子が見えない。時折探り当てた物は、全て鉄器や陶器の類であるが、手に持ちまた背負う恰好も、熱いとも感じていないように見えた。

しばらくして家も焼け落ちたので、主人も池から出て、あの盗人が入って来たあたりに行って、その火気がどれほどかと近づいて見ると、長く水に浸かっていた肌であっても、決して近寄ることのできない熱さであった。〈『反古のうらがき』102~103ページ〉

火事に遭った当人は、この話に続いて中国の故事を持ち出す。召し使いの童が玉の杯を割ってしまい、その罪を恐れて邸内に身を隠した。二日経って、大床の下に手足で張り付いたまま潜んでいたところを発見される。二日もの間何も食べず、手足の力も萎えずにいたのは、とんでもない大泥棒になるに違いない。玉杯を割ったのは大した罪でないが、生かしておくわけにはいかないと言って、殺したという。
ここから、人より勝れたことをする人が、心が正しくないから大泥棒となり、人には出来ないことをしでかすのだろうと、この時思い当たったのだと語った。いかにも蛇足に違いないが、確かに、犯罪の中には、そんな並外れた能力をまっとうな方面に使えばよかったろうにと惜しまれるケースがなくもない。

(G)
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