(181) 江戸の珍談・奇談(25)-9
18.03.16
犯罪心理学者顔負けの妙手によって狂人から刀を取り上げた伊能であったが、その後、門人宅で狐が出て怪異が止まらないから、どうか先生の武威によって鎮めていただきたい旨申し入れて来た。伊能が聞いて、「これは目に見えない鬼神との争いである。剣術の対処する所ではない。修験者でも頼むがいい」と断わるのにも拘わらず、相手は聞き入れない。とにかく一夕やって来て見届けてほしいというばかりである。とうとう引き連れられてその家に行った。
折節、冬のことである。夜も長いので、まず中に入って世間話に一時余りを過ごしたが、何も起こらない。主人は大いに喜んで、「果して先生のご武威に恐れたか、一向に怪異がない」と皆一同に称賛した。だが、伊能は「まだ勝負もしないうちに相手を恐れるという道理はない。今に出るに違いない。余りそんなことは言わない方がいい」と心の中で自制して、再び四方山話に時を移す。四つ過ぎ時分になっても何の変化もないので、「もはや家路に就こう。今夜は怪異は起こらない。少しは私が来た甲斐があったのかも」と思う心が出ると同時に、二貫目ほどの大石が、伊能の鼻の先をかすめてどすんと落ちた。
これは、と人々が驚く間に、茶椀・火鉢が飛び回る。やや静まったかと思うと、盆に盛った蜜柑が一つずつ転げて、床の間の下に並ぶ。最後に盆が転げ出て、床の間の上に飛び上がるや否や、並んだ蜜柑が十五・六、順々に飛び上がって、元の通りに盆の上に山形に積み上がってしまった。
面目を失った伊能は、「私は最初からこんなことがあろうと思っていたが、果して夜が更けるに従って怪異が起きた。宵の間の静かであったのは、あてにならないと思ったことだよ」と言って立ち帰ったと自ら語ったという。〈『鼠璞十種』中、17~18ページ〉
「一念の慢気に百魔これに乗ず」ということは武人の常套語だから、この話を借りて心の油断や慢心を戒めた作り話かもしれない、と疑義を差し挟む鈴木の真意は、「尾崎狐」の続編で明らかとなる。
青梅街道の阿佐ヶ谷村に住む虎甲の家に妖怪が出た。梁上から銭一文を放り出す。縁の下から竹竿を出して振り回す。携えて来た宝剣が自然と鞘から脱け出て飛び回る。蟇目の法を修めた者が来て弓を引いたまま金縛りに遭う。単衣の上下を切り離して別の単衣に縫い合わせる。飯櫃に入れて蓋をした牡丹餅が消え失せる。茶釜の茶が見る間に水に変わったり、沸騰したりする。茶碗が宙を飛び、煙草盆が天井に張り付く。
鈴木は、射術師範の小野竹崖と薬店主を伴ってその地を訪れた。近隣では怪異の話をするだけで、土砂を頭から被るなどの祟りを受けるという噂である。
例の家で黙禱しながら怪異の出現を待つが、狐狸の怪を信じない自分の慢心を戒めるためにも、ぜひ出現してほしいと呪するにも拘わらず、一向に怪しい事態に至らない。「これほど辞を低くして頼んでも感応のないのは、霊異などではなく、技能も人に勝るものではない。果して自分の予想したとおりだ。窮理のために訪れたが、無駄に時間を費やしたものだ」と思った鈴木は、怪談の委細を主人に尋ねる。すると、果して十中八九虚説であった。実は、瓦礫を投げ、食べ物を盗むこと以外は怪異というほどのことはないというのである。ここで、世の風説は十の一・二しか本当でないという結論を得た。〈同、25~27ページ〉
この体験は、天保8年-1837-8月7日、大風雨が一日吹き荒れた直後だから残暑が退き、遊行には絶好の日和だったと記す。ざまを見ろとでもいうような鈴木の高笑いが聞えてきそうだ。