(171) 木から異形の者出現
17.07.03
『スペイン民話集』(三原幸久編訳、岩波文庫、アウレリオ・エスピノーサ編『スペイン民話集』からの訳出)に、「手のない娘」という話があります。
昔、一人娘を養う父親が、山へ薪を取りに行ったとき、樫の木から一人の男が現れました。実は、男の正体は悪魔です。父親は、悪魔から「金貨や銀貨のいっぱい詰まった大きな袋」を貰います。
その見返りでしょうか。悪魔は父親の家を訪ねて行き、一人娘の両腕を短剣で切り落として、娘を奪い去った挙句、娘を自身の髪の毛で高い木に吊したまま、どこかに行ってしまいました。
悪魔に捨ておかれた娘は、樫の木からそんなに遠くない宮殿に住む王子に助けられます。美しい娘を好きになった王子は、両腕がないということで結婚に反対する両親の国王夫妻を説き伏せ、結婚します。その後、王子が国王となり、隣の国を攻めるために出かけてゆきますが、国王の留守中に、両腕のない王妃は、双生児の王子を産みました。
ところが、ここで再び悪魔が邪魔をします。王妃から国王に宛てた手紙を書き替え、「王妃が二匹の鼠の子を産み落とした」という、偽の手紙を届けたのでした。国王からの返事も、「お前が産んだその鼠の子を捕えて、首を切ってしまえ。もしいやだと言うなら、お前の命はないものと思え」という偽の手紙と取り替えます。
王妃と二人の王子は、やむなく旅に出ますが、信心深かったので、聖ペテロに助けられ、両腕も元通りにしてもらいました。その後、悪魔は消え去り、国王と再会し、王妃たちは宮殿に戻り、皆で末永く幸せに暮らしたそうです。
「手なし娘」の話は、世界中に広く分布しており、日本では、高野山の女人堂の由来譚『高野山女人堂由来記』としても知られています。
さて、スペイン民話の「手のない娘」で注目したいのが、悪魔が樫の木から出て来たというところです。木から異形の者が出てくる話は、日本を始めアジアにもあります。
最もよく知られているのが、『源氏物語』の宇治十帖ではないでしょうか。入水に失敗した浮舟は、横川の僧都に助けられました。しばらくは意識のなかった浮舟ですが、意識回復後、入水しようとした日のことを思い出します。
いかでこの世にあらじと思ひつつ、夕暮ごとに端近くてながめしほどに、前近く大きなる木のありし下より人の出で来て、率て行く心地なむせし。(新編全集⑥299頁)
「ぼんやりと外を眺めていたら、庭さき近くの大きな木から人が出てきて、私を連れてゆくような気がした」といいます。この「人」は人間ではなく、霊などが人の形になって現れたものか、あるいは幻覚でしょう。また、浮舟は「いときよげなる男の寄り来て、いざたまへ、おもがもとへ、と言ひて、抱く心地のせしを」ともいい、「きよげなる男」が自分を招き、抱いてくれるような気がして正気を失ったとも言っています。浮舟の記憶が正しいかどうかは分かりませんが、大木から異形の者が出現するといった昔話を、作者が巧みに物語の中に取り入れたと言えましょう。
御神木などで知られるように、古来より大木は、神の依代として信仰の対象となってきました。数百年を経た大木は、神々しいと感じる一方で、不気味でもあります。樹木への畏敬の念が変化し、天・地・地下を結ぶ大木から異形の者が出てきて、人間に何かを仕掛けるといった話が洋の東西を問わず誕生したのでしょう。
もし、光源氏や匂宮のようなイケメンが大木から出てきて手招きしてくれたとしたら、私はホイホイついていってしまうかもしれません。