(92) 三遊亭圓朝『怪談 牡丹燈籠』(7)
13.11.16
いよいよ明日は飯島と源次郎とが中川へ釣りに行くことになった。孝助は、釣りの中止をご意見申し上げ、聞き入れられない場合には、客間で寝ている源次郎を槍玉に挙げ、中二階にいるお国をも突き殺そうと決め込む。どう止めようとしても殿様が承知しないため、これまで新参者の自分に目をかけてくれた恩義を謝し、酔って正体を失わないよう再び忠言を加えると、涙を流しながら悄然と引き下がった。
孝助が錆びた槍を庭で研いでいるところへ飯島が現れ、狼藉者を突くのに、錆びていようが丸刃であろうが頓着するな、憎い相手なら錆槍のほうが痛いはずだ、と孝助の意図を読み取ったように諭す。
酒宴が果て、夜も更けた時分、槍を抱えて様子を窺っていた孝助の目に源次郎らしい者が抜き足で中二階へ行こうとする姿が障子に映る。源次郎に間違いなしと、戸の隙間から脇腹を狙って力任せに槍を繰り出せば、過たず相手の脾腹を突き通した。よろよろとしながら外庭へ出ろという男の声を聞いて、孝助は驚倒した。自分が槍で突いた男は、源次郎などではなく、大恩を受けた殿様その人である。孝助は呆然として腰を抜かす。気丈な飯島は、傷口を縛るよう命じるが、孝助は震えが止まらない。お国と源次郎との不義密通から殿様を謀殺する計略までを打ち明け、人違いによる過失を泣き転がりながら詫びる。飯島は、孝助の忠義に感じつつ、孝助の父黒川孝蔵を殺めたのは自分であると告白した。
一旦主人とした者に刃向えば主人殺しの罪は免れない。孝助を罪に落さず敵討ちをさせてやりたいと思っていたところ、相川新五兵衛から養子の話が持ち込まれた。そうすれば、一人前の武士として敵討ちが可能になる。飯島はそう心積もりをしていたのだが、槍を研ぐ姿から孝助の心底を悟ると、この機を逃さず源次郎のなりをして孝心の無念を晴らさせてやろうと思った。金子百両と事後の処理を相川に依頼する書状とをあらかじめ用意しておき、孝助が本懐を遂げた今、その包みを持たせ、黒川を討った刀を形見として与えたのである。
孝助は、主人との名残を惜しんでいつまでも側を離れようとしない。だが、この場にいれば、主人殺しの罪となるばかりか、家のお取り潰しにまで至るという道理を飯島は説いて聞かせる。
ここは、膝を乗り出して聞きたくなるような場面といってよい。次に原文を引こう。
孝「殿様、どんな事がございませうとも此場は退(の)きません、仮令(たとへ)親父をお殺しなされうが、それは親父が悪いから、かくまで情ある御主人を見捨てて他(ほか)へ立退(たちの)けませうか、忠義の道を欠く時は矢張(やつぱり)孝行は立たない道理、一旦主人と頼みしお方を、粗相とは云ひながら槍先にかけたは私の過(あやま)り、お詫の為に此場にて切腹いたして相果てます。飯「馬鹿な事を申すな、手前(てまへ)に切腹させる位なら飯島はかくまで心痛はいたさぬわ、左様(さやう)な事を申さず早く往け、もし此事が人の耳に入りなば飯島の家に係はる大事、悉しい事は書置に有るから早く行かぬか、これ孝助、一旦主従の因縁を結びし事なれば、仇(あだ)は仇恩は恩、よいか一旦仇を討つたる後は三世までも変らぬ主従と心得てくれ、敵(かたき)同士でありながら汝の奉公に参りし時から、どう云ふ事か其方が我子のやうに可愛くてなア。と云はれ孝助は、おいおいと泣きながら、孝「へいへい、これまで殿様の御丹誠を受けまして、剣術といひ槍といひ、なま兵法(びやうはふ)に覚えたが今日却つて仇となり、腕が鈍くば斯(か)くまでに深くは突かぬものであつたに、御勘弁なすつてくださいまし。と泣き沈む。飯「これ早く往け、往かぬと家は潰(つぶ)れるぞ。と急(せ)き立てられて、孝助は止むを得ず形見の一刀腰に打込み、包を片手に立上り、主人の命に随つて脇差抜いて主人の元結(もとゆい)をはじき、大地へ慟(どう)と泣伏し、孝「おさらばでございます。……〈岩波文庫、96~97ページ〉
圓朝の出演する寄席の特徴として後まで語り伝えられていることを、小島が次のように紹介している。
大入り客留めで、もう一人もすわる余地がないくらいギチ一杯に詰まっている客席が、円朝が高座へ現れると、うしろの方は必ず空席が出来る。これは、彼の話を一言一句聞き洩らすまいとして、客が前へ前へと乗り出すからだった。〈『円朝 上』78ページ〉
高座が聞かれない現在にあってもなお、文字を追うだけでさもありなんと肯けよう。