(11) 夫を殴る妻
11.08.25
家庭内暴力と言えば、夫から妻へ、子供から両親・祖父母へというのが通り相場だった。ところが、近年、妻が夫に暴力を振るう事件が時折新聞ダネになる。
男の暴力は昔から変わらない。だが、女とて黙ってはいなかった。近世初頭に編纂された笑話集『醒酔笑(せいすいしょう)』(安楽庵策伝著)には、平気で夫を殴りつける妻が登場する。
夜半(やはん)のころ、隣にいさかふ声しける。何事にやと、夫婦(めをと)ながら起きて聞き居たれば、男のいたづら(=浮気)よりおこりたる悋気(りんき)(=嫉妬)いさかひの、修羅をたつるなり。聞き居たる女房、何の理も非もなく、夫のあたまを続け張りにはりけり。夫、「これはなんといふ狂乱ぞ」といへば、「この後も、あの隣のいたづら男のやうに、身を持つなといふ事よ」と。迷惑の。(鈴木棠三編『醒酔笑』下・巻之六-岩波文庫)
末尾の「迷惑の」は、困ったことだという意。後日起こるべき嫉妬の意趣を今返されたのではたまらない。この他にも、浮気が原因でなくても、夫を棒で叩く妻が出てくる。貞淑なる節婦なんぞどこを探しても見当たらない。
だからというわけでもなかろうが、次の話のような恐妻家が現われる(巻之二)。
やや頭の弱そうな男どもが集まって、女房恐いと愚痴をこぼす。一人が進み出て言う。「おれの女房は、裁縫上手で所帯持ちがよい。見目麗しく愛敬たっぷり。文句の付けようがないくらいだが、何しろ短気で、すぐに手を上げるのだ。月に一度や二度ではすまない。ほとほと疲れたよ。」
もう一人が出て、「そうそう、おれの女房もケチは付けられないが、何かと言うとおれの頭に杖をくらわせる。もううんざりだ。」
これを聞いていた一人が、「女房に叩かれるなんて、日本一の馬鹿者だ。それにしてもお前たちは間抜けだな。」と笑う。先の二人がむっとして、「女房に叩かれずにすむ方法があるとでも言うのか。」と詰め寄ると、「おおよ、秘訣があるわさ。知っている者はあるまい。草履(ぞうり)をはかずにさっさと逃げることだな。」と答えた。
いつの世も夫婦の仲は変わらない。今の世の男どもだって、暴力こそ少ないかもしれないが、大半はこうした同情に堪えない有様であろう。
恐妻家は万国共通だ。中国の笑話を紹介して、この項を閉じよう。
人民解放軍の隊長が兵士100人を前に演説をぶつ。「世間には恐妻家などという臆病者がいるそうだ。解放軍の士気に関わる。女房が恐いという者は、正直に右へ出ろ。」と命じると、99人までが右へ一歩出た。ただ一人残った兵士の手を取り、隊長が「お前こそ解放軍の誇りだ。」と感激していると、その男は恥ずかしそうに、「いえ、他人と同じことをするなと、いつも女房に言われてますんで。」と答えた。