(9)『うつほ物語』源仲頼の妻
11.08.10
今回は、源仲頼の妻をご紹介しましょう。源仲頼は天下に名高い色好みでしたが、宮内卿在原忠保(ありわらのただやす)の娘の婿になります。忠保の家は貧乏でしたが、娘が大変美人だったので、仲頼は熱心に通うようになりました。結婚後も浮気一つせず、妻を愛したとあります(嵯峨の院巻)。仲頼は、妻に次のような言葉を発しています。
「この世に経む限りは、さらにもいはず、後の世にもかかる仲に生まれ返らむ」
(この世に生きている限りは言うまでもなく、来世にもこのように愛し合った仲で生まれかわろう。)[新編日本古典文学全集①357頁]
そうそう、かつて「今度生まれ変わったら一緒になろうね」と言って、別れた大物アイドルがいましたね。仲頼夫妻はどうでしょうか。
忠保の娘と蜜月の日々を過ごすこと五、六年。ある日、仲頼はあて宮という姫君を垣間見た瞬間、恋に落ちてしまいます。あて宮は、「あたり光り輝くやうなる中に、天女下りたるやうなる人あり(あたりも光り輝くような中に、天女が天下ったかのような美しい女性がいる)」[新編日本古典文学全集①358頁]と描写されています。恋に落ちるのに理由なんてありませんが、あて宮は忠保の娘のさらに上をゆく美人だったのです。
あて宮に心を奪われた仲頼は、帰宅後も思い悩み、寝込んでしまいます。これまで美しい、愛しいと思っていた妻のことはどうでもよくなってしまいました。こんな時、女はすぐにわかりますね。「夫は自分のために苦しんでいるのではない。この涙も別の女のためだ…」
その後、残念ながら、あて宮が入内したので(東宮妃となったので)、仲頼は絶望のあまり出家し、水尾という所に籠ってしまいました(あて宮巻)。失恋が原因で世捨て人になってしまうあたり、ちょっと過激ですね。
相思相愛の仲であっても、ある日突然、どちらか一方が、雷に打たれたように、新しい相手と恋に落ちることがあります。たとえ、その恋がいつか破たんしても、かつて付き合った相手は自分のところに戻ってこないと考えた方がよいかもしれません。戻って来たとして、果たして嬉しいでしょうか?
後日、東宮となった子とともに参内する(内裏に帰参する)あて宮の盛大華麗な行列を、じっと見つめる母娘がいました。仲頼の妻とその母です(国譲下巻)。
妻の母「わが婿殿を破滅させた方(=あて宮)の、めでたいご運勢でいらっしゃること…。このような幸運の持ち主(天皇妃となり、東宮の母となったあて宮)に懸想なさった婿殿は、何とも畏れ多いことです。」
妻「あの人がもし山に籠らなかったら、今頃は大臣にもなっていたでしょうね…。」
仲頼の妻は、あて宮を見て複雑な気持ちになりますが、恨んで仕返しをするということはありません。あて宮を見て、ただただ悲しくなり、自分の運命の拙さを嘆いたのでした。「かつてあんなに愛し合った夫とは、この世でもあの世でももう他人」と考えると切なくなるので、この夫婦生活にも何か学ぶことはあったのだと思いたいですね。