(7)『うつほ物語』に登場する娯楽①(吹上上巻)
11.07.28
『うつほ物語』の登場人物の一人である「源仲頼」(みなもとのなかより)は、藤原仲忠らと吹上の地(現在の和歌山県)を訪れます。吹上に神南備種松(かんなびのたねまつ)という大富豪がいると聞いて、会ってみたくなったからです。
仲頼は、種松からお土産の一つとして「白銀の旅籠馬」をもらいましたが、都に戻ると、それを源正頼にプレゼントしています。
白銀の旅籠馬ども、腹に人入れて、歩ませて引き出でたり。 [新編日本古典文学全集①四二七頁]
白銀の馬、旅籠負ほせながら、中に人入れて歩ませて御覧ぜさす。おとど(=正頼)、旅籠馬を、いと興ありと御覧じて、… [新編日本古典文学全集①四三四頁]
「旅籠」とは旅行用の容器のことで、それを銀で鋳造した馬に背負わせていたようです。しかも、この銀製の馬には空洞があり、人が入れるようになっています。とても大きな作り物ですね。獅子舞の獅子頭のような被り物や着ぐるみを想像してみるとわかりやすいでしょう。
実際に、源正頼は、「白銀の旅籠馬」に人を入れて、娘婿や孫たちにホース・ショーを見せています。
さて、人が入って動く作り物の動物は、中国の「百戯」(=物真似・曲芸・歌舞・幻術・手品等のような芸)にあります。平楽観(=中国・洛陽の西にあった宮殿の名。後漢・明帝の造営)の百戯では、百尋もある作り物の巨獣「蔓延」が仮装の熊・虎と闘ったり、作り物の白象が歩きながら子を生んだり、巨大な海魚が眼前で姿を変じて龍に化けたともあります(張平子「西京賦」)。作り物の動物たちが動く光景は、『うつほ物語』の旅籠馬と重なりますね。
『うつほ物語』の馬は銀製です。馬の中に人が何人入るかわかりませんが、銀製の馬は重たいに違いありません。しかも、このホース・ショーを楽しんだのは旧暦の四月ですから初夏です。
昨年の九月、職場に千葉県のマスコットキャラクター「チーバくん」がやってきましたが、着ぐるみの中の人は、きっと暑かったことでしょう。
銀製の旅籠馬の中の人は汗だくのはず…。銀は汗に弱いから、すぐに黒ずんだり曇ったりしたのではないでしょうか。そうは言っても、シルバーへの憧れは今も昔も同じ。物語の中では、最高級の着ぐるみだったのです。